vilar closeup


西洋のオペラファンの間で、気前の良さで知られている人物がいます。そのお大尽が先週逮捕されてしまったそうで、今日はその話題。

コベント・ガーデンに熱心に通う人で彼の名前を知らない人がいないのは、5年前に改築されたロイヤルオペラハウスのガラス張りのホールが彼にちなんでVilar Floral Hallと呼ばれているからで、私も「IT関連で大儲けした南米出身の男性のおかげでロイヤルオペラハウスが閉鎖にならずに済んだし、その後も設備の改善や新人オペラ歌手育成のため多大な寄付をしてくれてる」くらいのことは聞いていましたが、昨日のイブニング・スタンダード紙(以下ES紙)に彼の経歴や財産が載っていて、興味深く読みました。

(尚、金額はES紙に書かれているまま、米ドルと英ポンドにしておきます。大きな金額だと、私は日本円ではピンと来ないからです。必要であれば、自分で換算して下さい)

vilar hall  Vilar Floral Hall


キューバからの難民であるAlberto Vilar氏は64歳80年代初めにIT株で大儲けして一財産を作り上げ、彼が創立したAmerindo Technology Fund社は、1998年のIT株暴落で株価が90%落ち込んだものの、2003年は85%の上昇、昨年7月で資産総額12億USドル、彼の個人財産は9億5千万ドルとされています。

今回ラスベガスでの会議からニューヨークに帰ってきたところをNewark空港で逮捕されたのですが、その理由は、ある投資家から5百万ドルだまし取ったという容疑。彼は罪状を否認していますが、そのお金はオペラに寄付されたそうです。

数年前に彼は世界中のオペラハウスに2億2千5百万ドルの寄付を約束したそうです。しかし、これはあくまで約束であり、その後の株式下落により、約束したお金が払えないケースが続出したことは何度か聞こえてきました。ROHにオペラを見に来た人にはそれを具体的に認識する機会もありました。3年程前でしょうか、客席の一部に個人用字幕電光掲示板が設置されたのですが、装置が置かれただけで、一年近く表示がされなかったのです。皆不思議に思ったのですが、それはVilar氏が約束したお金を送ってくれなかったため頓挫していたのです。今はちゃんと使えるので、この5年間彼から全く受け取っていないそうですが、別の方法で賄ったのでしょう。

他のオペラハウスやイベントもあおりを食ったようですが、その中で世界的な指揮者ロリーン・マゼールは、Villar氏の援助があるはずだった国際指揮コンテストを結局自分で全部出して予定通り行ったそうです。マゼールさん、新作オペラ1984年もほとんど自分で出したそうだし、随分お金持ちなんですね。


ニューヨークのメトロポリタンオペラハウスはすでに4千5百万ドルを実際に寄付してもらったのに、その後約束を反故にしているという理由で、彼の名前を全て剥がしたそうです。困ったり怒ったりする気持ちはわかりますけどね。ROHは、恩を忘れず、Vilar Hallの名前はそのまま残すと表明しています。


ROHが彼に感謝しているのは当然で、金額の大小ではなくそのタイミング。8、9年前の改築工事に先駆け、政府の補助なしでは不可能なのですが、新しい労働党政府は、そんなお金持ちの道楽、1億ポンド自力で集めたら補助を出してということで、必死にかき集めたのですが、どうしても1千万ポンド足らなくて、運営者の内部抗争とも相まって閉鎖寸前でした。当時、金持ちの道楽に公的資金を使う正当性についてよく論議されたものですが、多くの人がもう駄目だと思ってました。そんなとき1千万ポンドをポンと出してくれたのがVillar氏だったのです。まさに救世主、ホールに名前付けるくらい当然です。

今回の逮捕も、オペラに資金を回すために起こったことで、オペラのためにそこまでしてくれた彼には同情せざるを得ないです。保釈金1千万ドルで保釈を許されたのですが、彼の口座にはなんと1万ドルしかなかったそうで、彼はまだ監獄にいます。


私生活はというと、彼はずっと独身なのですが、2002年に4回背骨の手術を受けてあやうく死にかけ、その時病院で知り合った37歳の音楽学者と恋に落ちて、バイロイト(ドイツにあるオペラハウスでワグナーばかり上演することで有名)でのワグナーの「ローエングリン」の最中にプロポーズしたそうです。白鳥に乗ってハンサムな騎士が現われるという話なのですが、その中でもきっと超有名な結婚行進曲が演奏されていた間でしょう。こんなロマンチックな状況で結婚申し込まれたら、相手が誰であってもついその気になっちゃいますよね~。ましてや彼は大金持ちで音楽好き、今回はじめて写真を見ましたが、年の割にはイケてるので、彼女は亭主持ちだったのにイエスと言ってしまったのです。(因みに、オペラの中で結婚式は最後のハッピーエンドではなく、その後に恐ろしいことが起こるので、それを知ってしまうと、もうこのダンダ-ダダ~ン♪、ダンダ-ダダ~ン♪という結婚行進曲を実際におめでたい式で使うのをためらうと思うんですけどね)

しかし彼女の離婚が成立次第結婚しようということで、実際に式の招待状まで送られていたのに、なぜか1週間前になってドタキャンになったそうで、その後彼女は亭主とよりを戻して子供も生まれたそうです。

ほら、やっぱり不吉と知りながらそんな曲をバックにプロポーズするから駄目になるんだよ。

・・・・なんか、彼がすごく可哀相なんですけど。

おまけに逮捕されてからはニューヨークで悪口ばかりも言われているそうです。ひどいですよね。そんなことなら、例え無罪になってももうメトロポリタン・オペラハウスになんか寄付しなくていいから、ROHを助けることにしましょう!


世界中のオペラハウスはみな経済的には苦しい筈で、Vilar氏ほどのスケールの人はそうはいませんが、小口の寄付がないとやっていけないので、私のところにもよく寄付のお願い状が届きます。Villar氏が有罪になって刑務所に入ってしまっても、彼のような人が後何人か出現してくれますように。願わくば、もうちょっと安定した収入のある人。

私が大金持ちだったら、もちろんオペラやクラシック音楽のために惜しみなく与えます。

芸術は人類全体で伝承して守らなければならないもので、飢えてる人間を救うより音楽が大切かという論議はあるのですが、私は、このブログを大急ぎで書いている限りある時間内でうまくはとても言えませんが、多少の犠牲を払ってでも、文化を伝承して守るのが人類の発展のために価値あることだと思います。