チェチリア・バルトリ

チェチリア・バルトリ


6月3日と6日の2回、ロイヤルオペラハウス(以下ROH)にロッシーニの「イタリアのトルコ人」 Il Turco in Italiaを観に行きました。


ロッシーニで一番有名な「セヴィリアの理髪師」と比べると、このオペラを実際に聞く機会はとても少なくて、今回の上演もROH始まって以来100年以上の歴史の中でまともにやるのは初めてなのではないでしょうか?その日の出演者リストにこれで通算何度目と書いてあるのですが、私が行った今回の3回目で通算4度目と書いてありましたから、前に一度っきり、多分コンサート形式とかでやったのでしょうか? そういうことはプログラムに書いてあるのでしょうが、すみません、それ6ポンドもするし、結構分厚いので家に保存スペースもなく、私は買えないのです。


因みに、通算回数ということでは、一番回数の多そうなヴェルディの「椿姫」のリストを見てみたら今年2月にやったときが395回目と書いてありました。このリストは紙切れ一枚で無料なのでちゃんと保存してあり、このブログをはじめるときに表にまとめておいたのです。

さて、1814年にできたこのオペラ、ロッシーニのセヴィリアの理髪師と同じドタバタ喜劇仕立てになってます。


主な登場人物は以下の6人。


浮気な若い妻フィオリラ

うんと年上の夫に怪しまれようが人の噂になろうが気にせず浮気しまくる元気な奥さん(う、羨ましい・・)。トルコ人を引っ張り込んだのを旦那に見つかって「ええ加減にせい!」と嗜められると、「本当は貴方が一番好きなのは誰でも知ってるのに、イヤーン貴方はわかってくれないのぉ?」と甘え、デレデレになった旦那が「そうなの~?わかった、ごめ~ん」と言うやいなや豹変して、「アンタ、今度そんなこと言ったら、仕返しに間男千人作っちゃうからね」と旦那を手玉に取る大したタマちゃんです。トルコ人と駆け落ちまで決めたのに、彼の昔の恋人が現われて、でも自信満々の彼女はライバルを蹴散らして、トルコ人に「やっぱり君の方を愛してる」と言わせ、それでも「ずっと私一人だけ愛することなんてどうせできないでしょ、貴方は。アタシそんなの嫌」と優位に立とうとする可愛い女性です。しかし、さすがの旦那もついに怒って追い出されたときは、今とちがって「いいもん、ファミレスのウェイトレスでもパチンコ屋の店員でもして一人で食っていくわよ。そいでもっと金持ちのおやじをすぐめっけるんだから」というわけにはいかないご時世、「出戻りになったら実家の両親に恥かかせるし、あの貧乏暮らしに戻るのは嫌だなあ。でもちょっとやり過ぎた私が悪いんだから」としゅんとしてしまいます。


フィオリラの夫ドン・ジェロニオ
再婚でうんと若い妻を娶ったものの、浮気され放題で街中の笑いものになっているのが、地位もお金もある身としては辛いところ。でもトルコ人に「手に負えなくてお困りのようだし、奥さんを俺に売ってくれ」とオファーされても、「いや、どんな大金積まれても、あんな女でも手放さない」と気概を見せる。駆け落ちを阻止しようと色々あってさすがに堪忍袋の緒が切れて彼女を追い出したけど、悔恨の情を見せる彼女を許してやる心の大きな中年オヤジ。

トルコのプリンス、セリム
イタリアに遊びに来た金持ちのプレイボーイ。愛してた許婚に裏切られて傷心だが、尻軽なフィオリラに出会ってすぐその気になる。彼女の夫に売ってくれと持ちかけたが断られ、駆け落ちすることに。そんなときかつての婚約者と再会し、誤解が解けてまた恋仲に。二人の女性の間に挟まり、両方欲しがる優柔不断男。

ジプシー女ザイダ
ジプシーに身を落として占いやスリをしているが、かつてはセリムの婚約者。嫉妬したライバルに濡れ衣を着せられて死刑になったため逃げ出したが、まだ彼を恋しがっている。その彼にやっとめぐり会えたと思ったら、別の女とできているなんて! でもやっぱり貴方が好きという真心に打たれたセリムと一緒にトルコに帰りめでたしめでたし。

詩人プロスドチーモ
喜劇オペラの筋書き作りに苦労する彼は、浮気妻を観察すれば何か題材があるにちがいないと周辺をうろつき、話を面白くするために「仮面舞踏会でセリムとフィオリラが会って駆け落ちするから、ご主人、セリムの扮装で舞踏会に行くべきでっせ」とか「ザイダさん、フィオリラのドレス着て舞踏会に行ってセリムを止めるんだ」と提言、話がこんがらがる程面白がって喜ぶ掻き回し役。

フィオリラの間男ナルチソ
最近フィオリラが冷たいので悲しんでいるところへ新ライバルのトルコ人が現われ、なんとか彼女の関心を取り戻そうと、詩人と夫の仮面舞踏会のニセ扮装の話を盗み聞き、自分もセリムの衣装着て舞踏会に出かける振られ男。


はい、ストーリーもこれで充分ですよね。


お次は歌手。これが一番大事です。

なんと言っても今回は誰もがチェチリア・バルトリを聴きたくて来ているわけですが、フィオリラ役の彼女は、凄いの一言。驚異的なコロラチューラのテクニックでコロコロと自由自在に甘~い声を転がして、小気味よく軽やかで、嗚呼もう聞くだけで肉体的快楽すら感じます。ロッシーニは彼女の独壇場。
彼女は演技もマジで取り組みます。リサイタルに何度も行きましたが、一曲ごとに数分間だけでもその歌詞を体と顔の表情で大袈裟なくらい演じてみせてくれる彼女、オペラになったら、その役に照れずになりきります。今回は地でいける明るいイタリア人の役なので、楽しんで演技をして余裕綽々。1960年に設定を読み替えてあり、小柄でちょっと太目のバルトリはカラフルなボディコンワンピースをとっかえひっかえ、高いピンヒールで元気良くチャーミングに動き回ります。

夫役のアレッサンドロ・コルべりはバルトリとはよく共演し、同じロッシーニの「チェネレントラ」(シンデレラ)でも一緒に出ているイタリアの実力派バリトン。私の知る限り喜劇専門です。堂々とした声はもちろんヴェルディやモーツァルトの悲劇にも通用しますが、彼が喜劇に徹するのはルックスによるものかとかと。大きな鼻と垂れ目。若いときの顔はあのミスター・ビーンに似てるんです。今回は大袈裟なメーク無しで眼鏡かけてるし、年取って顔の作りがぼやけた感じはしますが。でも彼は顔がたとえ普通になっても、体の動きが完全にコメディアン。今回はそのまま現代のオフィスに行ける普通の背広姿なのですが一番笑いをとってます。こういうキャラクターでやれるバリトン役は他に結構あるので(フォルスタッフ、愛の妙薬、ドン・パスクワーレ等)、今彼は50代でしょうが、立派な歌唱力もあり、当分第一線でやっていけるでしょう。

トルコ人セリム役のイルデブランド・ダルカンジェロ、女たらしのプレーボーイ役がすごくはまってる。他の男性がじいさん(詩人役のアレン)、チビ(間男役のバンクス)とミスター・ビーン(旦那役のコルベッリ)だから、若くてハンサムなダルカンジェロはよけい二枚目に見えて、その上コメディの素質もあるじゃないの! ドン・ジョバンニの下男レポレロ役とかで見たことあり、期待の若いバリトンという触れ込み通り充分上手だったけど、人材豊富なバリトン界ではあの程度の人はたくさんいるから特に印象にも残らなかったけど、今回彼はロッシーニ独特の声を転がす技術もあるとわかって見直した。この男性の声転がしはとても難しいらしくて上手な人は滅多にいない。そう、ダルカンジェロさん、バルトリにくっ付いてロッシーニのコメディででコロコロ転がすのが貴方を生かせる道だと思いますよ。 

ザイダ役のヘザー・シップ出番も少ないし歌も演技も難しくないので、まあ誰でもいいということで、この6人の中で唯一無名。特に上手でもなく、この舞台がステップアップになるとも思えません。でもすらっとして、ジプシーのへそ出しルックがよくお似合い。こんな格好がきまるオペラ歌手はそういませんよ。173センチ、58キロくらいでしょうか? バルトリ(私の推定で156センチ、68キロ)には絶対無理な格好です。つい視線がおへそにいっちゃいました。 

詩人役のSir トーマス・アレン。サーの称号が示す通り、イギリス人でオペラ界の重鎮。80年代エレガントなドンジョバンニ役で鳴らした彼ももう60代半ば。声量は落ちたし、白髪頭も薄くなってかつての美貌も今は昔。まだしょっちゅう舞台に立っているのは、きっと楽しくてたまらないからだろうし、今回のようにこの年で新しい役に挑戦するには尊敬するし、我らがトーマス・アレンいつまでも元気でやって欲しいとROHのお馴染みさんは皆願っているけど、でもそろそろ現役引退も考えないといけないのではないでしょうか? この舞台に限って言えば、どうみてもミスキャスト。何か面白い題材がないかどうかとちょろちょろするケチな役なのに、長身で声も身のこなしも堂々とした英国紳士の彼はどう見ても立派過ぎる。身振りでカバーするにも限界が。

間男ナルチソ役のバリー・バンクス は世界的には有名じゃないけど、イギリスでは知られた実力のあるテノールで張りのある高音はいつも心地よく響きます。特に今回はバリトンばかりの中で得な役だし、彼のエルビス・プレスリー風衣装は一番印象的。超小柄なのも典型的テノールらしいところ。

                



2回行きましたが、一回目は字幕の見易い上の横の安い席(11ポンド)でストーリーを追い(あらすじはもちろん事前に読んでありまが)、二回目は舞台袖の近い席(22ポンド)で芝居の臨場感を楽しむという理想的な鑑賞ができて満足です。

しかし、今回は芸達者が揃ったから一流のパフォーマンスになったけど、次回はバルトリは出ないだろうし、かといって他にこんなに上手に歌える人がいるはずもなく、他の歌手もこれ程の人たちを集められないとすると、このカラフルだけどチープなセットでこの先どうするのでしょうか?