イギリスの上流階級のことをそのうち書きますとお約束しましたが、私が結婚するまで一年間住み込んだ家族の生活を中心に書くことにします。

今は日本人には取得できないオペアという「家事手伝い」ビザで滞在した20数年前の体験ですが、あの人たちの暮らしぶりは多分ほとんど変わっていないでしょう。アッパークラスのイギリス人の日常を垣間見ることができて、貴重な体験でした。


au pairというのはフランス語で、かつてフランスの良家の子女がイギリスに英語と行儀見習いに来た制度だったのが、今では英語を学びたい外国人が小さな子供がいる家庭に住み込んで半日家事や育児の手伝いをして、あとは英語学校などに行くのが普通です。個室と食事付きでお小遣いももらえ、私は週15ポンドもらってました。この頃は男の子もいるようですが、EC加盟国の人しか資格がありません。私は日本人最後の合法的オペアの一人でした。当時日本人オペアは一番人気があって引手あまたでしたよ。まじめで静かで、ご主人を誘惑したりしなかったからでしょう。

上流階級と言っても上は王侯貴族から下は称号のない普通の人までいますが、私がいた家は人数としては一番多い下のグループに属すのでしょうが、でも王室や公爵家にお嫁に行ってもおかしくない階級の人たちです。

まず上流階級の定義付けですが、アスコット競馬 のRoyal Enclosureの入場券を貰えるかどうか一応手掛かりになりますが、あれはセレブを連れて来る人もいるようで、まちがった人も混じっているでしょうから、多分一番わかり易い条件は「ロンドン社交界」に娘をデビューさせられるかという事ではないでしょうか?ロンドン社交界には、女王陛下ご臨席の元、一定の年齢に達した良家のお嬢様が一斉に正式に紹介される日があり、そこでデビューした女性はロンドン・デビュタントと呼ばれます。


マギーさんといううちの奥様はもちろんロンドン・デビュタントだし、大切な社交行事であるアスコット競馬にはお洒落して帽子を被り、自前のグレーの燕尾服とシルクハットのご主人とお出掛けになりました。


マギー奥様は典型的な上流のお嬢様コースを辿り、親はマナーハウスに住んでいて、乳母に育てられ、幼い頃から寄宿制の私立学校に入り(村の近所の子供たちとは混じりません)、18歳になると次はスイスのフィニッシング・スクールという奥方養成学校に行き、フランス語や料理、ディナーパーティの手配、召使の扱い方、公爵夫人とかになったときに備えてスピーチの仕方などを習うのですが、マギー奥様が「私はスキーばっかりしてたけどね~」と言ってたように、楽しむのが目的のようです。


お嬢様たちは頭がよくてもあまりOレベル(中卒程度)とかAレベル(高卒程度)という統一試験には興味がないので勉強はしません。そりゃそうでしょう、会社に就職するわけではないから不要です。伯爵令嬢だった故ダイアナ妃もここまでは同じコースで、彼女はたしかOレベルすら一つも持ってなかったですが、だからといって頭が悪いとは限りません。学業成績の良し悪しよりもっと大切な条件があるのです、あの人たちには。これは男性も同じで、「どの学校」を出たのかは重視されますが、それは成績がよければ誰でも入れる大学より、家柄で決まるパブリックスクールの方が、将来の人脈にも繋がるし、大切です。大学には行かない人もたくさんいます。


さて、スイスから帰ってから結婚するまでの間は、ロンドンのフラットに住み(ハロッズ周辺やスローン・スクエア)、更に料理を習ったり、暇つぶしとお小遣い稼ぎにちょっと働く真似事もしてみます。故ダイアナ妃も、資格はないけど幼稚園でちょっと子供の面倒見たりしてましたよね。マギー奥様はアスコット競馬の事務所でアルバイトして、結婚後も忙しいときだけ手伝いに行ってました、


週末は仲間の親のマナーハウスに泊りがけで集まって乗馬や狩をしながら結婚相手探しをします。ロイヤルオペラハウスが金曜土曜は空いていて、切符の値段が安いこともあるのは、彼らがカントリーサイドでの社交に忙しいからだと、私は思います。結婚相手探しは、同じ階級の仲間同士があちこちでしょっちゅう集まって、出会う場所を提供し合うようです。合コンですね。マギー奥様もそういう場所で何人もとデートしながら、ハズバンドを見つけたようです。

でも、どうもスコットランド人の彼の方が階級的に若干低めのようなので、彼女にとって良い縁談だったかどうかは疑問です。一度マギー奥様のお姉さんの嫁ぎ先に行ったことがあるのですが、そこはすごいお屋敷で、マギー奥様の実家のマナーハウスよりずっと立派なちょっとしたお城だったので、お姉さんは結婚によってステップアップしたものとみえます。


結婚披露宴は、女性の親のマナーハウスの庭でマーキーと呼ばれる大きなテントを設えて行われます。マギー奥様の写真を見せてもらいましたが、これは映画 Four Weddings and a Funeralそのままの世界です。


子供が生まれると、資格のあるmonthly nurseと呼ばれる乳母を少なくともしばらく雇い、自分でオムツは換えなくてもいいようにします。マギー奥様は「私の母親はオムツなんて自分で一度も換えたことなかったけど、私は自分で育てたいの」ということで乳母の代わりに私を雇ったのです。私の主な仕事は掃除とベビーシッターなので、そのほかは全て奥様が自分でやりました。でも、出産後2ケ月も経たたないうちに、スイスかフランスに6週間程、何組かの友人夫婦とスキーに行ってしまいました。赤ん坊は家に残してです。

もちろん私だけでは無理なので、住み込みのmonthly nurseも雇ってくれました。一緒にスキーに行った友人夫婦に同じくらいの赤ん坊がいて、そこのオペアも日本人で私の友人だったので、乳母とオペア二人で一緒に暮らして二人の赤ん坊の面倒を看ました。

プライドの高い上流階級の乳母は普通は料理などしませんが、私たち外国人の女の子は子供に見えたのか、実は料理が趣味なのよと言う彼女がすすんでやってくれました。生後1、2ケ月の赤ん坊の世話など簡単だし、とても楽な生活をさせてもらいました。


一家がいるときでも、私の仕事は午前中掃除して夜ベビーシッターをするだけなので、全然楽ちんでしたけどね。午後は毎日自由時間。生まれて初めてあんなに自由時間が持ててハッピーでした。私は英語学校には行かなかったのでヒマだったのです。最初ちょっとだけ学校も行ってみましたが、英語が全くできない外国人ばかりの環境よりも、奥様たちや英国人のボーイフレンドと喋る方が絶対賢い方法とすぐ悟りました。私は大学で英語を専攻して、読み書きは一応できましたからね。


話が私のことに逸れたので元に戻すと、

マギー奥様たちのような人はどこに行くにも車で、公共交通機関は使いません。たぶん一生地下鉄には乗らないでしょうから、地下鉄でおハイソな人には会えませんよ。社交が仕事のようなもので、しょっちゅう集まっていましたが、自宅に招きあってディナーパーティをするか、メンバーしか入れないロンドンのクラブによく行ってました。アナベルという有名な会員制レストランによく行って、「今日はチャールズ皇太子がまたちがう女性を連れて来ていたわよ。私の知り合いもチャールズにデートしてもらってたけどね、振られたんだねえ」とか教えてくれました。

テーブルのセッティングとかも「we私たちはこう置くけど、they彼ら(下層の人)はちがうみたいよ」ということでした。それに私の「イギリス人はこういうときどうするの? どう考えるの?」という様々な質問にも時々weと theyの区別がありました。




長くなってしまったので今日のところはこれで終わり、次回は奥様の実家のマナーハウスに行ったこととか書きますね。