1980年4月、マギー奥様の実家に行きました。一家の里帰りにベビーシッターとして付いて行って、2泊か3泊しました。

随分前のことなので断片的な思い出ですが、色褪せていた写真がスキャンと色調整で蘇ったように、私もあの春の日のイギリスらしい体験を思い出してみることにしましょう。


                 manor house 1


家と敷地

イングランド中部ウォリックシャーにあるOxhillという村にあるマナーハウスで、観光地として有名なシェイクスピアが生まれたストラットフォード・アポン・エイボンからそんなに遠くない筈ですが、マギー奥様一家は誰ももちろんシェイクスピアの生家なんか見物に行ったことはありません。自分の家が同じくらい古くてずっと立派なのですから。

ここは多分マナーハウスの建物としては一番小さい部類に入るのでしょうが、敷地は広くて、ざっと見渡す限りはこのお屋敷の庭。マギー奥様の結婚披露宴もこのお庭にマーキーという大きなテントを張って、数百人招待して行われましたが、広さは問題なし。乗馬好きの一家はここで思い切り駆け回ることができます。

お庭と言っても、gardenは家の周りの柵で囲まれたところで、外の野原はfield。fieldには馬と羊が放し飼いにされていて、馬は2頭か3頭、羊は30頭ほどいました。厩(うまや)と羊小屋もありました。羊たちを羊小屋に追い立てる犬もいた筈です。馬と羊についてはまた後で出てきます。

馬や羊が入れないように柵で囲ってあるお庭にはテニスコート、バラ園、野菜畑もあり、写真で見ると池もありますね。


写真で見える家の手前の出っ張った部分はnursery wingと呼ばれる育児のためのセクションでしょう。マギー奥様とお姉さんのスーザンさんもここで住みこみの乳母と暮らしました。子供は乳母と一緒に生活し、社交で忙しい両親とは一線を画して生活するのが普通です。もっともイギリスは普通の家庭でも子供のベッドタイムにはとても厳しくて、夜の大人の時間は邪魔しないように躾けられますが。


manor house 2 エントランス・ホール

これは居間ではなくて玄関先。日本の家なら靴脱ぐとこで、お邪魔します、いらっしゃいませと言うだけのスペース。覚えてなかったけど、右側にバーがあって棚にグラスが並んでます。ドアの向こうの大きな居間は写真がないのですが、そっちはよく覚えています。大きな暖炉、壁に掛かったいくつかの油絵、花柄のソファのカバーとお揃いのカーテン、立派な机セットや本棚の古い本・・。小さなテーブルにはお花がたくさん生けてあって、古い家を陰湿な暗さから救ってました。


下の階には少なくとも他にもう一つ小さめの居間とダイニングルーム、おそろしく古めかしいオーブンのある広いキッチンがありました。nursery wingには子供の遊び部屋もあるはずです。

二階の寝室の数はわかりませんが、ゲストムームは10室以下でしょう。各部屋はかなり大きくてほとんど専用のお風呂が付いてます。3階はおそらく雇用人の部屋でしょう。私が行ったときはほとんどの部屋が開かずの間でしたが、ゲストが来たときは活気つくのでしょう。


manor house 5  ダイニングルーム


ダイニング

そんなに広くないダイニングルームですが、壁には小さいけど高価そうな油絵がいくつか掛けられて、専用の照明が付いてます。家族だけの時はテーブルはこの大きさですが、ゲストのあるときは拡張して大きなデーブルになります。この部屋は日中は暗いので、朝食は別のbreadfast roomと呼ばれる光の差し込む部屋で頂きます。


お料理はhouse maidがやってくれます。もっと大きな家だとcookとhouse maidは別なのですが、ここは老夫婦だけでこじんまりと暮らしていたし、通いのhouse maidが両方やってました。彼女が住み込みであっても、ここで主人家族と一緒に食べることはせず、厩で馬の世話をする若い女性と、家の周りの面倒をみる通いの男性と一緒にキッチンで食べます。いわば召使であるこういう人たちよりはステイタスの高い乳母や住み込みの家庭教師は、ゲストのいる時は別でしょうが、子供が寝てから主人一家と一緒に食事をするものだと思います。私は ベビーシッターということで乳母と同じ扱いにされたのでしょう、家族と一緒に食事しました。


食事と言えば、夕食にはまだだいぶ時間のある午後、マギー奥様のお母様が大きなバスケットを持って、食事の支度をするから貴女も手伝ってとおっしゃるので、お店に行くのかと思ったら、そうではなくて、庭にある野菜畑にその日の野菜を堀りにいくのでした。お屋敷の奥方がいつも自ら採りに行くとは思えませんが、趣味でやっていらしたのでしょうか、嬉々としてジャガイモや人参や他の野菜を掘り出してました。

・・まさか、メインディッシュは庭の羊ってことはなかったと思いますが・・。

形はいびつでもこんな新鮮な野菜を食べたのははじめてで、イギリス料理はシンプルですが、こんなムードのあるダイニング・ルームだし、とても雰囲気のある食事でした。もちろんその前に着替えて、食事がスタートする前にしばらく食前酒を飲みながらお喋りするのです。


マギー奥様のご両親にはロンドンの家でお会いしたことはあるのですが、ゆっくり話をするのははじめてでした。それを予想して、ここに来る車の中で、マギー奥様からひとつだけ注意してねと言われたことがありました。それは、お父様は戦争中に東南アジアで日本軍の捕虜になり、収容所で虐待され大変に目に合ったから、戦争の話題には触れないでねという配慮でした。日本では聞いたことありませんでしたが、当時テレビでTENKO(点呼)という捕虜収容所を舞台にした番組が人気で、見たことはありませんが、想像はつきました。でも実際にその体験をした人と意識して話したことはなかったので、複雑な気持ちでした。お父様にとっても多分私がそれ以来関わりになる最初の日本人だったのでしょうが、勿論紳士として丁寧に接して下さいました。私の父は戦争に行ったのかということを聞かれた記憶はあるのですが。


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今日はこれまで。

滞在中の一番の思い出は次回にでも。