6月2日、Sadler's Wellsに歌舞伎を観に行きました。


4、5年前に同劇場で歌舞伎公演があったときは、あまり観たいと思わない役者さんのご出演だったのでパスし、今年初めに大英博物館で名前忘れしましたが中村ナントカさん(私でも知っていて有名な役者さん)の踊りがあったのに気付いたときは売切れだったので、ロンドンで歌舞伎を観るのは1992年のジャパン・フェスティバル以来です。(日本では何度か歌舞伎座に行ってますが)


今回は今をときめく十一代目市川海老蔵さんということで、早々と去年から切符を購入。とは言っても特に歌舞伎が好きなわけではない私、どちらかと言うと着物イベントとして楽しみにしていたわけですが。(この日の着物については別に書きます

当然日本人がたくさんいましたが(ざっと見たことろ3割くらいでしょうか?)、私たち以外に和服の人はいませんでした。


海老様がいつも近くに

銀座の歌舞伎座に比べるとこのSadler's Wellsはうんと小さくて、舞台の幅は半分以下、特設臨時花道の長さも三分の一程度なので、悪く言えばサイズも雰囲気も田舎の芝居小屋なのですが、間近に見られるという意味では最高で、私たちは歌舞伎座の桟敷席に当たる舞台横のサイド・ギャラリーだったのですが、舞台までほんの数メートル、狭い舞台ではあっちの方に行き様がないのでいつも近くで演じてもらえて肉眼でも細かいところまで見え(私はそれでも双眼鏡を使うので、海老様の顔の吹出物まで見えました)、これで36ポンドはお得でした。(正面席最高額は48ポンド) 


出し物は二つで、歌舞伎座のフルセットに比べると随分短くて7時半開始9時半終了。終わった時まだ外がほのかに明るかったです。


藤娘 (Wisteria Maiden) 

まずはお馴染みの藤娘。女形の海老様が藤の木の陰で何度も衣装替えをしながら華やかに20分踊りまくり。初めて見るので、オーディオ・ガイドの説明(もちろん英語)がありがたかったです。(歌舞伎知識に乏しいので歌舞伎座でもこれが必要ですが


女形の一人踊りということでは、1992年にNational Theatreのかぶりつき席で見た坂東玉三郎の素晴らしさが今だに目に焼き付いていて(おそらく「娘道成寺」で、黒子のよる引き抜きと呼ばれる目の前での衣装の早変わりが見事でした)、そのときのまるで動く日本人形の玉三郎の美しさと指の先まで徹底した女らしい仕草に比べると、今回の海老様は少々逞し過ぎるのと若い女性らしいなよなよしさが欠けているので、ちょっと男性的な藤娘という印象でした。これはこれで又ちがう味わいがありますが。


kabuki 2  Wisteria Boy?  藤坊? 




かさね(Kasane) オバケ

私は聞いたことのない題目でしたが、わかりやすくて感情移入もし易い幽霊の復讐の話でした。

海老様は一転して色悪の男性役。侍ですが、盗みはするは人妻には手を出すは、挙句に亭主を殺してしまうというヨエモンという凄く悪い奴(私の持ってる「歌舞伎名作ガイド50選」に出ていないので漢字がわからない)。

三十代半ばという設定なので28歳の海老様はちと若過ぎなのですが、こういう色男を不細工な役者がやるとこちらの想像力にも限度がありますから辛いところですが、ハンサムな海老様はどんぴしゃで、こんな良い男ならそりゃ誰だって惚れちまうわよねえ、と簡単に納得。


「かさね」というのは城中の女中である若い娘の名前で、彼女が今のヨエモンの恋人。彼が殺したその亭主というのが実はかさねの父親で、憎っくき男の子供まで身ごもっている娘に乗り移るわけです。父親の魂にとりつかれたかさねの顔は醜く変わり、怖ろしくなったヨエモンは父親を殺した同じ鎌でかさねを殺してしまい、かさねの怨念はヨエモンを呪い・・という壮絶なストーリーです。


心中を決意した二人の熱い踊り、鎌を振りかざして殺そうとするヨエモンと逃げるかさね等々絵になる場面もたくさんあって、この劇場の規模に合わせてスケールは小さいものの、見映えのする舞台でした。


舞台はいつも明るいのでおどろおどろしくはなくて、見所は可哀相なかさねの恋する若い女性の初々しさと(妊娠中ですが)、霊にとりつかれた形相の凄まじさのコントラストであり、主役はかさねの出来の良し悪しが大事です。


市川亀治朗段四郎の息子、猿之助の甥)の上手だったこと! 顔はXだけど


特に醜いかさねは顔にアザを付けただけであとは全身の動きと口をへの字にした表情だけで変化を表現するのですが、一瞬も手を抜かない素晴らしい演技でした。 (これを玉三郎がやってくれたらどんなに壮絶な美しさであろうか)。

そこへいくと海老様は、手を抜いてるわけではないですが、思わせぶりな顔をしているだけというシーンも多くほとんど脇役なのですが、最後の数分間に一気に見せ場が来て、死んだかさねの怨念でその場を離れることができないヨエモンの激しい抵抗がパントマイム的要素(歌舞伎用語があるのでしょうが)として面白かったです。


         kabuki 1  ポタポタポタ・・・ (水の滴る音)




音楽と掛け声

歌舞伎座に比べるとかなりスケールダウンした音楽部門の編成でしたが(三味線4人、鳴り物5人)、たまには日本の音楽もいいですね。これを初めて聴く西洋人には奇異に聞こえるかもしれませんが、 日本で邦楽を習っていた私には懐かしいリズムと響きです。


歌舞伎には掛け声がつきものですが、ちゃんと大向こうから「成田屋!」、「澤潟屋(おもだかや)!」、「十一代目!」と、派手な掛け声が頻繁に掛かってました。タイミングのよさと素人とは思えない素晴らしい声から、出演していない方の歌い手さんチームだったのではないでしょうか?

歌舞伎は初めての、とくに日本人以外の観客は皆おそらくオーディオ・ガイドを使ったと思いますが、それがなくて掛け声の意味がわからない人はさぞやびっくりしたことでしょう。私は、オーディオ・ガイドをずっと付けっ放しだと海老様の台詞や長唄や清元を聞くのに邪魔なので付けたり外したりしました。



海老蔵襲名前の新之助時代に一度歌舞伎座で見たことあるのですが、そのときは出てきただけで歌舞伎座がどよめいたのを覚えています。お公家様の役で(光源氏ではありません)、ほとんどアクションがなかったので、ただ彼の美貌に皆が溜息をついただけですが、今回はたっぷり踊りも立ち回りも、そして女殺しの魅力的な目付きも楽しませて頂き、見目麗しい日本人男性を見る機会の少ない私にとって良い目の保養になりました。

特に、女形と男性役の両方を続けて見せてもらえるなんて、歌舞伎座でもそう機会はないことでしょうか? ジャパン・フェスティバルで同じ日に流鏑馬(やぶさめ)とねぶた祭りを見られたのと同じかも。


今回のパフォーマンスを見る限りでは、海老様は女形より立役(たちやく)の方が絶対良い! というのが私も含めロンドン公演見た知り合い全員の意見ですが、多分女形をやることは少ないんですよね?


         kabuki 3  素顔の生海老が一番美しいっすね


・・・しかし、美貌について、私は思う・・・


歌舞伎座でどよめいたのも、他の役者さんたちがたくさんいる中でこそ彼が際立つからなのであって、今回のロンドン公演のように彼しか出ない場合は引立役(と言っては失礼だけど)がいないので、彼のよさが充分に出なかったような気がします。少なくとも歌舞伎界の容貌事情を全く知らないであろう人たちはこれが普通だと思っちゃいますよね。



・・・・・そして、美貌について、私はさらに思う・・・


世襲で成り立っている利点は理解できるし、大切なのは芸というのもわかるのですが、そうは言ってもオペラとちがってヴィジュアル面が重要な歌舞伎界、もう少し血筋にこだわらず広く一般から人材を取り入れるべきではないかと思うのですが、いかがでしょう? 別に小さい頃から稽古しなくても、才能とやる気があれば立派な役者になれると思うのですが。

今は海老様もいて若い観客を惹きつけているようですから必要ないかもしれませんが、新しいファン層が出来た今こそ、容貌も才能も優秀な一般人を募集する良い機会ではないでしょうか?



小説「きのね

私は宮尾登美子先生の小説が大好きですが、これは今の海老蔵の祖父である十一代市川團十郎)夫妻がモデルの素晴らしい長編小説ですので是非お勧め。歌舞伎のことがもっとわかったときもう一度読んでみたいと思っているのですが、ロンドンにいてそんな日は果たしてくるのでしょうか?



          (舞台写真は5月31日の初日のパフォーマンスです)