6月13日、23日、26日と待ちに待って3度行った”Aキャスト”のToscaのパフォーマンスについてです。あらすじと話題の新演出についてはトスカ新プロダクション でどうぞ。
ゲオルギュー、アルバレス、ターフェルとオペラ界の大スターが3人も出るのは2年前のグノーのファウスト以来ではないでしょうか(その時はゲオルギュー、アラーニャ、ターフェル)。
いやー、やっぱり超一流歌手が揃うと素晴らしいですね。聴き飽きたトスカも息を吹き返し、新しい舞台セットには失望したものの、すっかり引き込まれてしまいました。
鳴り物入りのこの新プロダクションのトスカ、長い間楽しみにした甲斐がありました (感涙)
今回の3人
Bryn Terfel
まず、悪役スカルピアのブリン・ターフェルですが、普通は若いトスカとカヴァラドッシの恋人同士と初老のスカルピアという設定で、歌手の割り振りもそうであることが多いのですが、ブリンは3人の中で一番若いという変形型トリオ。ブリンは老けて見えるとは言え随分若くて、トスカに横恋慕するエネルギーもまだ当然あり。
そして身だしなみがバシっと決まって冷血卑劣な伊達男スカルピア男爵ではなくて、ROHの新しいスカルピアは、ブリンのイメージに合わせたのでしょうか、髪はザンバラで無精ひげのむさくるしい男。当然彼は地のままでパーフェクト。(同じいでたちでもBチームのレイミーはちゃんと見繕いする方が似合いそうでしたが)。
ボサボサ髪に無精ヒゲで空腹のクマゴロー
腹へったからトスカ食っちゃおうっと
私は舞台から至近距離でまじかに見たのですが、縦も横もでっかいクマゴロー(目にくま取りあるし)がドドーっと正面からときには雄叫びながら迫ってくるのはすごい迫力で、サイレント映画の悪役みたいな大袈裟な目の演技は、背筋がぞっとするような恐ろしさというより、「わーん、怖いおじさんだ~!エーン」と子供が泣き出す、ある意味マンガ的悪役。
ブリンはこれを余裕綽綽で楽しみながら演じて歌い、見ていても小気味よし。ROHで見た中ではファウストやファルスタッフという漫画のようなキャラクター作りのできる役が彼にはお似合い。その線でこのスカルピアもやってくれたのは正解。 ヴォータンはそうはいかないですけどねえ。
Marcelo Alvarez
トスカの恋人カヴァラドッシのマルセロ・アルバレスこそ私が3度も行った理由です。いつもは腕をぶんぶん降って思わせぶりな顔つきをするだけという芝居下手の丸ちゃんですが、今回は今までのROHで一番ましな演技でした。ブリンとアンジェラに「あんたもちゃんと演ってよね」とでも言われたのでしょうか? それともトスカやスカルピアのような個性も複雑な気持ちも持ち合わせていない単純な役だからでしょうか。
でも役作りだとかそんなことはどうでもいいんです。あの甘いけれど凛としたお声を聴いてるだけで夢心地。今回更に一回り太ってついに醜い二重アゴになり折角のハンサムも台無しだけど(とっくに台無しになってるけど)、お声を聞けるだけで私めは幸せでございます。名アリア「星は光りぬ」をこんな近くでこんな大スターが歌ってくれるのを聴けただけでも(しかも3回も)うっとり~!
6回のうち2回は珍しくキャンセルしたけど(食中毒だったそうです)、幸い私が行った日は全て出てくれてほんとによかった~! 少しだけど、デブに歯止めも掛かったし・・(^▽^;)
ズボンが、破れそうやで~ マイナス体重50キロの頃
トスカから話は反れますが、彼は27日の公開インタビュー
でも「コベントガーデンが大好きだ」と言ってくれたし、ROHマガジン最新号でも「ここが自分のキャリアの中心」とまで仰ってくれて、嬉しいことにそれらは単なるリップサービスではないらしく、この秋にはラ・ボエーム、来年早々にはトロバトーレをやってくれるのでとっても楽しみで~す。私は丸ちゃんが2000年にコベントガーデンデビューして以来もちろん全部見てます。ホフマン、リゴレット、ルイーザ・ミラー、ルチア、ウェルテル、仮面舞踏会で、それぞれ2、3回行ってます。何をやっても丸ちゃんは丸ちゃんなんだけど、それはスターのカリスマってものだし、私には全て素晴らしかったです。
話がさらに反れますが、今申込書が届いている年末年初のフレンズ予約には丸ちゃんの「トロバトーレ」の他にもフロレスとNデッセイの「連隊の娘」があるんだよ。豪華でしょ?
Angela Georghiu
丸ちゃんもよく出てくれるけど、コベントガーデンに足を向けて眠れないのがトスカ役のアンジェラ・ゲオルギューでしょう。1994年の椿姫に抜擢て一躍大スターになったわけですからね。今までに私がここで観たのは、ロミオとジュリエット、つばめ、シモン・ボッカネグラ、ラ・ボエーム、ファウストで、アラーニャとの共演じゃなくても彼女の声は好きだから、やっぱりそれぞれ2回は観てます。その他にもリサイタルやコンサートで何度も聴いてますが、彼女はいつも一生懸命だし、歌も芝居も素晴らしいです。
「映画版トスカ」 アップに耐えるトスカの赤いドレスが素敵でした
いつかトスカをやってくれると思っていたけれど、アラーニャとライモンディとの共演で映画を作ってくれて、線は細いけど、男性二人がなぜ彼女を好きなのかよく理解できるような美しく可憐で魅力的なトスカでした。
そして、やっと生舞台でやる勇気が出たアンジェラは古巣でありいつも暖かく歓迎してくれるコベントガーデンで6月13日に初めて生挑戦。
トスカにしては声が細くて弱いと思う人もいるにちがいなくて、そういう人の批評は珍しく厳しいものでしたが、私は映画通りの繊細でか弱いトスカ、新鮮でとても良いと思いましたよ。
ブリンのサイレント映画的大袈裟演技にマッチするように、まるで映画「サンセット大通り」のグロリア・スワンソンのように目をかっと見開いたりするの、私はオペラ舞台には向いてると思うので、どんどんやって欲しいですね。
巨漢ブリンと真ん丸丸ちゃんのデブ男二人に挟まれた彼女はまた一段とほっそりと見えたし、初めて頬までこけてたけど、それでも胸は豊かで、私生活では苦労しただろうに、40歳越してますます美しさに磨きが掛かったのは凄いし、生で聴くと声の魅力と歌の上手さが際立ちます。
「ワーン、髪ひっぱったら痛いよ~!」
過去の歌手たち
ついでに、私が生で聴いた旧プロダクションのトスカについて少し触れておきます。40年以上も舞台自体がスターだったわけですが、それに相応しい歌手をと努力したのか、誰が出ても切符は売れるはずなのに、例えば「椿姫」と比べても、有名歌手が出演してくれました。とくに歌的に最も得であるカヴァラドッシ役のテノール陣が豪華で、2000年はアラーニャ、2001年ガルージン、2002年パヴァロッティ、2004年は中国人のユ・キャン・ダイ。
パヴァロッティはこれがROH最後の出演と公言していたので大騒ぎでしたが、ただでさえキャンセルの多いパヴァちゃんなのに、初日の前日にお母さんが亡くなって、ほらイタリア男って皆いつまでもお母さんべったりだから、こりゃ駄目だなと思ったのでした。でも幸いイタリアはすぐ近くなので、間に合うようにロンドンに来てくれて、その後はお葬式に行ったり来たりして、たしか一度も穴をあけずに出てくれました。
私は生パヴァロッティは初めてでしたが、衰えてまだあれだけ声が出るのであれば、全盛期はどれほど素晴らしかっただろうと。ただ、歌はまだまだ充分過ぎるほとOKでしたが、あの体ですから動くことができなくて、ほとんど椅子に座ったままの妙なカヴァラドッシでした。教会の壁に聖女の絵を描いてる画家なので、他の若いテノール歌手は軽くトントンと階段を駆け上ったり降りたりするのですが、パヴァちゃんはそんなこと当然できないので、イーゼルにキャンバスをのせて椅子に座って絵筆を握るという意味をなさない設定でした。まあ生舞台引退直前の彼が聴けるだけで、そんなこと誰も文句言いませんでしたが。
銃殺シーンでドサっと倒れるときにはクッションだらけだったのが笑えました。
いいのよ、パヴァちゃんは座りっ放しで歌っても 1963年。この頃に聴きたかった
私の一番のお気に入りはやっぱりアラーニャ。彼の伸びやかで明るい声はこの役に理想的(丸ちゃんよりも向いてる)。もちろん2度行きましたが、ぞくぞくしちゃいます 「スターだと思って全体の調和を乱す」なんて批評もあったけど、いいじゃないの、誰だって彼見たさで来てるんだからさあ。
しかし、この2年間ROHに全然出てくれないし、来シーズンも来ないのが悲しいわん。ゲオルギューが出るところには来ないってわけ?
オツムの薄くなったガルージンは黒いカールのカツラが変だったし、彼の暗い声はこの役には不向き。イタリア語の発音もなんだかねえ・・。他にロシアもので彼でなきゃって役はあるんだから、無理してこんなのやる必要はないですよ。
母国語とは全くちがっても、他にないのでイタリア語で歌わざるを得ないのが中国人のYu Qiang Dai。最後の最後の舞台が彼でしたが、マリア・グレギーナのトスカの迫力に押されながらも、聞かせどころはしっかりモノにして、「あら、なかなか良いテノールじゃないの」、と私は思ったのでした。
去年のラ・ボエームでゲオルギューと共演する機会は自ら破壊したようですが(代役がビリャゾンだったからめっけもんだったけど)、来週のトゥーランドットのもう一人のカラフ役は彼なので、そちらは少なくとも容貌はぴったりだし、声は合っているはずだし、楽しみです。
勝手ドッシ カツラドッシ 河馬裸怒死
トスカとスカルピアは?
パヴァロッティと共演したのはアメリカ人のキャロル・ヴァネス。NYメトにはよく出てたけどロンドンには珍しいのでやっと聴けて嬉しかったです。すらっとした長身美人で、歌声も優しげでチャーミングなトスカでした。
パヴァちゃんさえ出れば後はどうでもいいのですが、盛りの過ぎたセルゲイ・レイフェルクスのスカルピアは全く迫力なし。もうこのロシア人バリトンは終わったと思いました。
実際に舞台となったローマの建物で実際の時間経過通りに生中継した有名なビデオでドミンゴと共演しているキャサリン・マルフィッターノは、ビデオで見る通りグリグリ目玉をひんむく怖いおばさんトスカで、若く見えるアラーニャはどうみてもうんと若いツバメか母親と息子。
このときのアンソニー・マイケル・ムーアはスカルピアをやるには粒が小さ過ぎ。
ガルージンのときのトスカはNelly Mirciaiuは力不足。このときはたしかターフェルが初めてスカルピアをやる予定だったのに早々とキャンセルして、代役が誰だったかは不明(私がデータを作るときに無視したくらいだから大した人ではないはず)。
2004年の最後の幕を閉じたのは当時最高のトスカと言われたマリア・グレギーナ。中年太りで野太い声の彼女は細いサミュエル・レイミーのスカルピアに襲われても声と体だけで素手で勝てそうな逞しいトスカだった。
左からマルフィッターノ、ミリチオウ、グレギーナ。 写真写り抜群の中年トリオ
この中から理想的トリオを選ぶとしたら、こちらです ↓
スカルピア = ブリン・ターフェル
カヴァラドッシ = ロベルト・アラーニャ 僅差で マルセロ・アルバレス
トスカ = アンジェラ・ゲオルギュー