4月20日、ヴェルディのStiffelioの初日に行って来ました。

upperslip席からなので、顔がのっぺらぼうになってしまいましたが、真ん中がホセ・クーラ

私はこのオペラは全く初めてだったのですが、ヴェルディの作品でまだ手垢(私自身の)の付いてないオペラがあって、先入観もなしで生舞台で観ることができたのは嬉しかったです。最終日にもう一度行く時はどうしてもパフォーマンスに目が(耳か?)いってしまうでしょうが、この日はドラマとして楽しめました。


上演回数が少ないのは駄作だからではなく、有名アリアが一つもないからにちがいなく、ヴェルディらしさが散りばめられた音楽は決して他にひけをとるものではないと思います。


オペラの設定は19世紀初めのオーストリアで、弾圧されたプロテスタント派の牧師が主人公なのですが、仕事が多忙な男と構ってもらえなくて淋しい妻の浮気という普遍的なテーマなので、多くの人にとっては身近な問題として共感できるテーマではないかと。おそらく誰しも「自分だったらどうするか?」と考えるし、途中「それだけ奥さんが誤ってるんだから許してやれ~」とか思うのではないでしょうか。


1850年初演のこのオペラの設定は19世紀初めというほぼ現代劇で、当時は牧師の妻の不倫と離婚というショッキングな内容ゆえに、検閲でズタズタにされたり、ちがう時代と職業に置き換えての改訂版も作られたそうです(ドイツの首相とかイギリスの十字軍。しかし、十字軍の妻の不貞なんて、貞操帯の普及からもわかるように当たり前過ぎて新鮮味ゼロだわね。話の展開からもここはやっぱり宗教を職業とする主人公でないと)

Conductor: Mark Elder

Director: Elijah Moshinsky
Set designs: Michael Yeargan
Costume designs: Peter J. Hall


Stiffelio: José Cura
Lina: Sondra Radvanovsky
Stankar: Roberto Frontali
Raffaele von Leuthold: Reinaldo Macias
Jorg: Alastair Miles
Federico di Frengel: Nikola Matišic
Dorotea: Liora Grodnikaite



男の子登場人物とあらすじ女の子


スティッフェリオ

教区の尊敬を一身に集める仕事熱心な牧師。他人事(であるとその時は思っていた)浮気に関して寛容で、「許すのが神の思し召し」なんて言ってるくせに、自分の妻が浮気していたとわかると、「絶対許せん!離婚だ~!」と怒り狂う(気持ちはわかるけど)偽善者。

宣教出張も多くて妻に淋しい思いをさせていた自分にも責任があるのがわかり、後悔した妻に平身低頭「ごめんなさい!魔が差したの。愛しているのは貴方だけ」とまで言われてぐらっとなるが、結局(色々あって)離婚を強制。

しばらく後の教会のミサに別れた妻が来ているのに気付いた彼。「今日のお説教は無作為に選んでみましょう」と広げた聖書は偶然、姦通罪を犯した女性に罰として人々が石を投げ付けようとするところにイエス・キリストが立ちはだかって「この中で罪を犯したことのない者は石を投げるがよい」と言うくだり。それを読ん感銘を受けた彼は人々の前で妻を許す。


(奥さんによく「なによ、偉そうなこと言ってるくせに、自分勝手な人ね。もう愛想がつきたわ」と思われなかったこと。それにこれからが大変よ。仕事と家庭の両立は簡単じゃないんだから)


リーナ

伯爵の娘でStiffelioの妻。宣教活動で忙しい牧師の夫に構ってもらえなくて淋しいところに貴族の青年に言い寄られてつい・・・というのは充分理解できるし夫にも非があるけど、火遊び相手に大切な結婚指環を愛の証に与えるなんて馬鹿なことしましたね、奥さん。「証拠は残さない」という不倫の鉄則でしょうが。それとも、多忙な夫は指環になんか気付く筈はないと思った?


伯爵令嬢なんだからそれに相応しい貴族と結婚してチャラチャラ遊んでくらせる身分だったのに、牧師となんか結婚して地味な暮らしを選んだ彼女のキャラクターがよくわからないのだけど、夫に罵倒されても必死に愛を訴える一途な態度にはぐっときます。


スタンカー伯爵

リーナの父親。軍人でもあった彼にとって唯一大切なのは名誉。家と自分の名誉のためには娘の気持ちなどどうでもよい一徹オヤジ。娘夫婦が仲直りしそうだったのに駄目になったのはこのオヤジが浮気相手を殺そうとしたからだし、何かというと名誉名誉という父親から逃れるためにリーナは貴族サークルではない牧師と結婚したのかしらと思うくらい。

それに、娘が夫に告白しようと言うのを止めたくせに後でうっかり相手が誰だか暴露してしまったり、このオヤジがいなかったら、もっとすんなり元の鞘に納まっていただろうに、という迷惑千万オヤジ。


ラフェエレ

リーナの浮気相手の青年貴族。だけどよくわからないキャラ。「貴方は後悔してないの?」と聞くリーナに「愛は後悔しないんだ」とクサイこと言ったり、「リーナが自由の身だったら彼女と結婚する気があるのか?」とスティッフェリオに聞かれて「そんなこと起こりえないだろ?」とはぐらかし、伯爵に決闘を申し込まれると「おいぼれじいさんを殺したくはないぜ」と逃げたり。一緒にどこかに逃げようと誘っているようなので本気なのだろうし、身分も釣り合うけど、なんか芯の通ってない男だ。まあ脇役だからどうでもいいけど。


椅子舞台セットと衣装ワンピース

新プロダクションではなく、1993年初演のモシンスキーの舞台は開拓時代のアメリカ風。まるで映画のように写実的で牧師館なんて本当に住めそうなくらい。初めて観るオペラは、面白みはなくともこういうまともなセットだと助かります。いきなりすっ飛んだ衣装で出て来られると頭の中で置き換え作業しなくちゃならないので、知らないオペラでだと余裕がありません。


ホセ・クーラは1995年にここで同じ役をやっているのですが、インタビューで、あの時は若過ぎて老けメークが必要だったけど、今回は地のままでOKだったんだ」と言ってます。奥さんに他の男がちょっかい出してくるくらいだから、まだ若い牧師夫婦だと私は思ったのですが、ちがうのかな?まあ中年夫婦という想定であればそれなりにちがうドラマになって味がありますが。


←クリックで拡大してセット見て下さいね



      

1995年のつぶらな瞳から、年月を経て、2007年の中年になり掛けたクーラですが、精悍な美貌(私好みではないけど)は衰えず


音譜パフォーマンス音譜




ホセ・クーラははこれまでにROHで「オテロ」「トロヴァトーレ」「サムソンとデリラ」「西部の娘」を観ましたが、あの声ですから、いつも怒るのがとても上手。


今回は、宗教に全身全霊を捧げる敬虔な牧師には見えないし、最初は歌もちょっとぐらついたのですが、妻が浮気しているのではないかと疑い始めてからは、大作りな容貌を生かして大芝居が映え、怒り狂う場面はさすがと思わせる迫力。

声は絶好調ではないと思いましたが、妻役のソプラノの声量が凄かったので圧倒された感もあり。



妻役のソプラノ、ソンドラ・ラドヴァノフスキーは一年前にドミンゴと共演したシラノ・ド・ベルジュラック で初めて聴いたのですが、とても美しい張りあるの声で素晴らしかったので、その時からこのStiffelioに出てくえるのを楽しみにしてました。だけど、この日は調子が悪かったのか、同じ人とは思えないほどの濁った声だったので大失望!


長身の美人で、声量は文句ないほどあるし情感たっぷりの芝居と歌いぶりは大劇場のヒロインとして充分魅力があるのに、今回はとても残念。時々声が回復して、シラノの時のようなきれいな声になった部分もあるのですが、しばらくするとまた不快な声に戻ってしまい、がっかり。

このオペラ、ヴェルディの中でもソプラノの力量が問われる難しい役だと思うのですが、彼女、美しい声も出るに決まってるわけで、出来の良い日はさぞや素晴らしいリーナにちがいないです。最終日にまた行くので、その時はそうであることを祈りつつ・・・



父親役のロベルト・フロンターリは、充分上手で文句のつけようはありませんが、私好みの声ではないし、この役には声が細すぎるような気がします。それにちょっと芝居っ気不足。 大柄で大袈裟なクーラとラドヴァノフスキーのカップルに立ち向かうためにはもっとでしゃばらないとバランス取れないですよ。

間男役のラファエレのレイナルド・マシアスというキューバ人テノールに至っては、一度聴いただけで断定してはいけないとは思うものの、「ねえもうちょっと上手な人いないの?準主役にこんなのしか出せないからNYメトやスカラ座に太刀打ちできないのよ、ROHは」と言いたくなる程の力不足。まさか、もう一人上手なテノールが出たら自分が食われるかもしれないってわざとこんな下っ端を出したんじゃないですよね?

指揮者のマーク・エルダーは、最初何度かつまづいて、聴いたことのない音楽であってもなんかぎくしゃくしてるわ、とわかったくらい。これは初日だけの緊張だと思いたいです。次はスムーズに振ってね。

と、いうわけで、楽しみにしていた初めてのStiffelioは、期待が大き過ぎたでしょうが、パフォーマンスに多少難ありでしたが、心の葛藤ドラマとして楽しめたので良しとしましょう。でも、もう一度行くときにはいつものようにパフォーマンス中心の鑑賞になるでしょうから、最終日だし、皆さん持てる力を出し切って一段上の歌唱を聞かせて下さいね。


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