6月5日、コロシアム劇場にEnglish National Operaの新プロダクション、Death in Veniceを観にいきました。


director Deborah Warner

set design Tom Pye

costume design Chloe Obolensky

conductor Edward Gardner


Gustav von Aschenbach Ian Bostridge

The Traveller他7役 Peter Colamen-Wright

The Voice of Appolo Iestyn Davies

Tadzio Benjamin Paul Griffiths


ドクロ隠れた傑作オペラ

他の作品同様、ゲイ・パートナーのテノール、ピーター・ピアスのために書いたベンジャミン・ブリテンの最後のオペラで、初演は1973年。へー、こんなのがあったんだ、知らなかった、有名じゃないから出来の悪いマイナーなオペラかも、と思って作品自体には期待もせずまるっきり白紙の状態で観にいったのですが、これが素晴らしかったこと。知的で美しく洗練された傑作でした。上演機会が少ないのは、主役を演じる中年テノールがおいそれとは見つからないからでしょう。


ブリテンのオペラは今まで「にビリー・バッド」、「ピーター・グライムス「、「ねじの回転」を生で観たことがあるのですが、この「ベニスに死す」が一番傑作なのではないでしょうか?

なぜか今回は字幕がなかったので(英語で歌うのですが)、何を言っているのかよく聞き取れなかったのが残念なのですが、きっと哲学的で美しく完成度の高い歌詞にちがいありません。



  
白黒ブリテンinベニスと総天然色ピアス。そういう関係がやばい時代に愛を貫いた美しい二人。


私は特にブリテンが好きなわけではないし、ましてやゲイの物語になど興味もないわけで、ROHのように安くて良い席もないENOなのに今回観にいった理由はただ一つ。長年のご贔屓テノールのイアン・ボストリッジが出ていたからです。イアン様のおかげでこの拾い物の感動を得ることができたわけで、感謝感謝。


映画映画もあるけれど

原作はトーマス・マンで、マーラー第5交響曲第4楽章アダージョを一躍有名にしたルキノ・ヴィスコンティ、ダーク・ボガート主演の映画はご存知でしょう。映画公開が1971年とオペラより2年早いのですが、ブリテンが映画を観てオペラを作曲しようと思ったわけはなく、中年になった恋人(同姓の)のテノールのピーター・ピアスのために前から暖めていたのでしょう。ブリテンは少年好きでも有名だし・・・


1911年、ミュンヘンに住む中年作家はアッシェンバッハインスピレーションを求めてベニス(リド)へ。そこで出会ったポーランド人の美少年タジオに魅せられたアッシェンバッハは少年に話し掛ける勇気もないまま、コレラで死亡。映画よりオペラの方が原作に忠実だそうで、相反する二つの気持ちが心の中で闘う夢のシーンもあります。




家美しく流動的な舞台

まず、舞台セットが素晴らしいです。
セットらしい大道具はほとんどなくて、光る床、生成り色の透けるカーテン、ゴンドラの漕ぎ棒、スーツケース、遠景にベニスのシルエット、映像による水のきらめきや少年の裸体、風に揺れるカーテン・・・で美しく風情のある舞台を創り上げています。

 
ヴィジュアル面のこだわりは小道具に限らず、出てくる人たちも皆絵のようで、通行人も小さな子供たちも少年ダンサーたちも、踊る姿歩く姿は優雅そのもの。アクロバット的動作の踊りですらエレガントで詩的。頻繁に変わる場面の入れ替えの登場人物たちによって極めて自然にスムーズに行われ、流動的な演出です。





         美少年タジオはダンサーが演じます

音譜パフォーマンス

音楽は、全く初めて聴いたのですが、木琴やピアノが効果的に使われメリハリがあり、深く美しく知性的。

演奏も素晴らしく、これまでのENOの中でベストのオーケストラ演奏でした。指揮者のEdward Gardnerは新たにENOの音楽監督に就任した若い人で、これが初めて指揮するプロダクションだそうですが、ゴタゴタはあったものの、よかった、これでENOの将来は明るいと皆思ったことでしょう。



さて、肝心のイアン様は?ドキドキ


今までイアン様を生オペラで聴いたのは「ねじの回転」「テンペスト」「ドン・ジョバンニ」で、脇役だったり主役何人かのうちの一人に過ぎなかったのですが、今回は初めてオペラを一人でしょって立つ堂々の単独主役。正味2時間45分、ず~っと舞台に出っぱなしで、彼が歌う部分も半端でなく多い大役。あの細い体と繊細で澄んだ声で大熱演、長丁場を立派にこなしました。


彼の細くて澄んだ声がこの役に最適とも思えないのですが、イアン様一世一代のパフォーマンスに大拍手クラッカー


オックスフォード大学の学者で、そのままいけば教授になれたかもしれなかったのに学術界を飛び出して歌手になった勇気あるイアン博士、歌手としてこんなに成長して大成功を収めることができて本当によかったね~。


イアン様は今までは歌曲とコンサート中心で、大劇場で声を張り上げるより歌曲の繊細な表現の方が彼の持ち味が出ると私は今でも思っていますが、もし彼がオペラの比重を増やしてくれるのであれば大歓迎です。実際、最近テンペストに出たばかりなのにもうこれをやってくれたということはそういう予定なのかもしれないですね。


次はバービカンでコンサート形式ですがビリー・バッドをやってくれます。今回のENOは切符代が高いので後の方の席にしましたが(こんなに良いのならかぶりつきにすればよかったと思っても後の祭り)、ビリー・バッドは近くの席を確保してあります。


主役のワンマンショー的なこのオペラ、脇役はどうでもいいのですが、何役も演じたバリトンのPeter Coleman-Wrightはぱっとしませんでした。ROHでも何度か聴いたことありますが、上手いと思ったことは一度もなく、なんでこんな人が結構な大役をもらえるのか理解できません。

若いカウンターテナーのIestyn Daviesはとてもよかったので、名前を覚えておこう。変なファースト・ネームだけど。


砂時計主役の年齢について

さて、42歳のイアン様がこの役を演じることになって一番問題とされたのが年齢で、「老い」がテーマの一つであるこのオペラで彼は若過ぎるというもの。初演でピーター・ピアスは62歳だったそうですから、それを基準にすると若輩者アッシェンバッハなのですが、原作の設定は53歳だし、自分の体験に基づいて書かれたらしいのですが、トーマス・マンがベニスを訪れたのは30代だったそうですから、色々な設定が可能な筈、とイアン様が書いた新聞記事の中でも言っています。


このオペラでイアン様は老けメークはせず等身大の彼なのですが、たしかに、こんなに若くてしかも美しいと、アッシェンバッハが少年を意識して若く見えるように化粧をするコンセプトがまるでいピンと来ないので、若過ぎるという批判は正しいのでしょう。


でも、若過ぎても当たり役にしたイアン様がこれをオハコにして10年、20年と歌い続けてくれたら、それぞれの年代によってまたちがう味が出せるでしょうから、若過ぎるスタートもファンにとってはオマケ的喜び。

これで再発掘されたこのオペラはこれからあちこちで上演される機会があるでしょうから、英語圏の中年初老テノールが我も我もと歌いたがってくれたら御の字で、例えばイギリス人のフィリップ・ラングリッジなんかいいのでは、と思うし、ニール・シコフさんも「ユダヤの女」に飽きたらどうぞ。


カメラカーテンコールです



このプロダクション、ベルギーのモネ劇場との共同制作なのですが、ヨーロッパで英語のオペラをやってくれるのはありがたいことです。ENOでも原語でやるように路線変更すべし!


プレゼントおまけ

トーチャンは実はベンジャミン・ブリテンと同じ舞台に立ったことがあるんですって。

子供の頃、彼の町にブリテンが来てWar Requiemをやったときにコーラスの一人として出演したそうです。ブリテンの指揮で歌ったことがあるなんて、すごいでしょ?


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