リングサイクルを書くには、作品毎の横割りがいいのか、それとも登場人物毎の縦割りの方がわかり易いのか迷っているのですが、とりあえずブリュンヒルデ役は縦割りでやってみましょう。今回のリングサイクルで一番面白かったのはなんと言ってもブリュンヒルデを3回ともちがう歌手で聴けたことですから。


はてなマークブリュンヒルデって誰?


と仰るオペラに疎い方のために最小限で説明すると、



血筋は抜群。だって父は全能の神ヴォータン、母は叡智の神エルダですから。でも私生児なのでお姫様としては扱ってもらえません。

女たらしのヴォータンがあちこちで作った異母兄弟は別にしても姉妹が8人るのですが、9人でワルキューレと呼ばれる死体運搬人という3K職業について、戦場で倒れた勇敢戦死を父親のヴァルハラ城に天馬で運んでいます。職業柄か野性的でお行儀も悪いファザコン娘。

父ウォータンの命令に背いて異母兄ジークムントの味方をした罰としてワルキューレ班長をクビになり、魔法で岩山に眠ることに。ジークムントの味方をしたことは、正妻には頭が上がらないので彼を見捨てざるを得ないけれど本当はそうしたくない父親の真意を汲んでの行動なので、ヴォータンも怒ってなくて(でも皆の手前許すわけにもいかず)、愛しい娘を手放すヴォータンとの父娘二人のねっとりと感情的な(そしておそろしく長い)別れの場面はリングの中でもハイライトに一つ。


異母兄ジークムントはヴォータンに見捨てられて死んでしまうけれど、身重のその妻(なんと双子の妹でもある)ジークリンデを助けて指輪奪回(指輪の取り合いがリングのテーマ)の望みを託される英雄ジークフリート誕生に導きます。(ここまでが「ワルキューレ 」←以前の記事)

岩山で眠るブリュンヒルデを妻にできるのは回りを囲む炎を越えることのできる英雄でないとならないのですが、そこにやって来たのは成長して腕っぷしだけは強い(頭は弱い)ジークフリート。

お互い生身の異性に接したことのない叔母と甥は一気にメロメロになって結婚。彼は大蛇を退治して手に入れた指輪を彼女に愛の証としてプレゼント(ジークフリートには指輪の価値がわかってない)。(ここまでが「ジークフリート 」。出番は少ない)


(手短に説明する筈が、まずい、やっぱり長くなってきた・・・)、


「お姉ちゃん、その指輪は権力争いとか全ての災いの元だから、ライン河の底に返したほうがいいよ」というワルキューレ妹に懇願されても、「嫌よ、これはジークフリートからのプレゼントだもの」と、指輪の怖さを充分知りながら拒むブリュンヒルデ。


しかし、指輪奪回を狙う別のグループの策略で、記憶喪失薬を飲まされたジークフリートは別の女性と結婚することになり、裏切りに激怒した彼女は復讐を手伝ってあげるとつけ込まれて、「私の魔法で彼を守っているんだけど、背中だけは手を抜いたの」と、ジークフリートの弱点を教えてしまいます。

その結果夫は殺され、陰謀に気付いた彼女は多くの人を不幸に陥れた黄金の指輪をライン河底で指輪を守る乙女たちに返し、自分もライン河に身を投げる。(神々の黄昏


と、これだけでは全体のストーリーはさっぱりわからないでしょうが、まあそれは他の人に焦点を当てるときに追々とすることにして、
2-2
権力欲や護身に必死になる自分勝手な人(神様も)がほとんどの中で、愛を求めたブリュンヒルデは同情を買う役で、身に降りかかる様々な幸福と不幸で揺れ動く感情の起伏もわかりやすいのがリング初心者の私にはありがたい存在です。ヴォータンの変化は観念的過ぎて、オペラを居眠りしながらさっと2回観ただけではよくわからないもん。


「お父ちゃんが怒ってるから、お願い、私をかくまって~!」 姉妹たち 「いやだよ~~ん!、怖いもん」 (ワルキューレ)


 

3-7         4-7
「頭はパアでも貴方が好き」(ジークフリート)       「ワリャー、みんな死ね~!」(神々の黄昏)               



ROHのブリュンヒルデは、2004年12月から2006年5月に掛けてのリングを個別をやったときからずっとオーストラリア人のリサ・ガスティーンLisa Gasteenなので、私は生では彼女しか知りません。


その上ワルキューレは2度やったし、彼女が今世界一ともとても思えないし、かなり飽きていたので、今回は彼女が病気にでもなって違うソプラノで聞いてみたいな、と秘かに思っていいたのです。


そしたら、私の呪い願いが叶ったんです、本当に。イェーイ!




1まず、「ワルキューレ」の代役はイギリス人のSusan Bullock

ガrガスティーンが体調を崩して出られないと決まったのは前日の夜遅くだったそうで、運悪くアンダースタディも同時に病気で歌えないという悪夢のシナリオの中、急遽リヨンでワグナーを歌っていたBullockに電話して、翌日の午後にROHに来てもらったそうです。それから半日でリハーサルをして、第二幕と三幕の間の75分という長い休憩時間も必死で打ち合わせをしたそうです。


Bullockは、イギリスでは知られた存在で、ENOにはよく出るし、去年「ウォツォック」のマリー役でROH主役デビューも果たしています(私は観てませんが)。数年前に一度コンサートで聴いたことがあり、プッチーニとかを歌ってくれたのですが、美声ではないけど至近距離の私は耳をふさぎたくなる程の声量で、「プッチーニじゃなくてワグナー歌えばいいのにぃ」と思ったのですが、やっぱりワグナー歌いだったんだ。


東京で割と最近ブリュンヒルデを歌ったことはあるし、あちこちでそこそこ活躍しているBullockですから、ガスティーンよりそんなに劣る筈はなく、心配はしなかったのですが、予想通り、落ち着いて立派に代役を果たし、ガスティーンに比べると野性味と迫力は劣るものの、コントロールが効いて安定した、そして優しげな声のブリュンヒルデでした。ちがうタイプで聴きたいと思っていた私の願いがまさに叶ったわけで、ワルキューレはファザコン娘が父親と叱られてグスンとなるシチュエーションですから、ぴったりだったと言えるでしょう。




2スケジュールが空いていればBullockがそのまま続投できたでしょうが、リヨンでワグナーの続きがあるので帰ってしまい、まだガスティーンが回復しなかった「ジークフリート」の21日の代役は、Irene Theorinという聴いたこともない名前のスウェーデンだかノルウェー人に。

19日の「ワルキューレ」にワルキューレの一人として出てた人だということなので、彼女がアンダースタディだったのかもしれません。


でも今までにコペンハーゲンで一度この役をやっただけという経験不足の人で大丈夫なんだろうか?


ジークフリートでのブリュンヒルデは最後の幕まで出てこないので、それまで4時間半もハラハラして待ってたんですよ。それまでちゃんとうまくいってても、彼女がすごく下手だったら、オジャンになるかもしれないですもんね。


でも、心配しながら「どんな人だろ? どんな声なんだろ?」と待つのもとても楽しかったです。などと言えるのは、彼女の出来がよかったからこそで、下手くそだったら、「心配させた挙句にこれかよ!」と怒ってるでしょう。


最初は当然ながら緊張していたようで、声が上がり切らなかったり不安的なところもありましたが、うまく声が出たときの素晴らしかったこと。声量はあるし、艶のある美しい声! 恋に落ちて色気ムンムンなブリュンヒルデにはこれ又ぴったり。出番が少ないのが残念でした。


BullockとTheorin,どちらも立派に代役を勤めたのですが、もし「神々の黄昏」もガスティーンが不調で出られなかった場合、どちらに代役をやってもらいたいかと聞かれたら、私はTheorinを選びます。或いは、またちがう人がやってくれたらもっといいのになあ・・。




3などど勝手なことを望んでいたら、残念乍ら(?)、ガスティーンが回復してしまいました。


一番声にもスタミナがありそうなので、長丁場勝負ならこの3人の中では多分彼女が迫力維持という点では優れているのでしょうが、この日は病み上がりだからやっぱり本調子ではなく、声に張りがなかったような。


好調のときはもっと上手だし、「私がコベントガーデンのブリュンヒルデよ」と威張ってるのにこんなことになって、本人も失望したでしょう。可哀相・・・



折角続きで観るのだから同じ歌手で一貫性を感じたかったのに、とご不満の向きもあるでしょうが、色んなブリュンヒルデを味わえて、私はとてもハッピーでした。



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