11月13日と17日に2回、ロイヤルオペラハウスにドニゼッティの L'elisir d'Amoreを観に行きました。
主役が一人変わるので来週もう一回行くのですが、ここまでにとりあえずまとめておきます。
1832年初演のこの明るく楽しいこのオペラ、初めて観る人は、パフォーマンスが余程下手くそでない限り、楽しめる筈で、トーチャンとムスメも連れていったのですが、とてもエンジョイしたようです。
でも、映像も含めたら何種類も観ている私には色々言いたいこともあるわけで・・、
まず、主人公がアホだからこそ起こりえる現実離れしたストーリーをご存知ない方はこちらをどうぞ。
2年前のホランドパーク の記事を手直ししただけですが、いつものように敢えて茶化す必要がないくらいナンセンス。でも音楽が素晴らしいですからね、うまく演じればチャーミングで心温まる小話になるんです。
美しい地主の娘アディーナを恋焦がれている村の若者ネモリーノは字も読めないオツムの弱い農夫。今日も彼女が村の衆にトリスタンとイゾルデが薬を飲んで恋に落ちた話を読んできかせるのをうっとり眺めて、そんな薬がほんとうにあったらおいらにもチャンスがあるかもしれないのにと願う純朴なネモリーノ。ちょっと愛を告白してみるけど、軽くかわされてしまう。
そんなときベルコーレ軍曹が小隊を率いて村にやって来た。軍曹は自信過剰のキザ男、アディーナを一目で気に入ってすぐにプロポーズ。アディーナは少し時間を頂戴と。彼女、実はネモリーノが気になってるわけです。
村に旅の薬売りがドゥルカマーレが現れ、村人になんでも直したり美人になるインチキ薬を売りつけます。トリスタンとイゾルデのような愛の妙薬はないかと尋ねるネモリーノにこの詐欺師はワインを妙薬と嘘ついて与えます。今飲んでも効果が出るのは明日だけどねと、ちゃっかり逃げる時間稼ぎもしながら。
明日になればアディーナは俺に惚れるんだと信じるネモリーノはワインの酔いが回ったこともあり態度が急に大きくなってわざとアディーナを無視したので、彼女はあてつけに軍曹のプロポーズを受け入れて、結婚式は今日ということになってしまいます。明日まで待ってくれと頼むネモリーノは絶望して、軍曹の勧め妙薬を買うお金のために入隊。
そんな時ネモリーノのお金持ちの叔父さんが死亡、彼に遺産を残したと村の娘たちが聞き込んで、急にネモリーノはモテモテに。遺産のことは知らないネモリーノはこれも妙薬の効き目だと信じて有頂天。そんなネモリーノを見て、アディーナは入隊なんてしないでここにいて頂戴、と自分から愛を告白してめでたしめでたし。
軍曹は「ふん、ええわい、他に女はたくさんいるんだから」と強がり、インチキ薬売りは「おお、わしの薬は貧乏人を金持ちにすることもできるのか!」と喜ぶ。
Nemorino (村の若者) Stefano Secco
Adina (地主のお嬢様) Aleksandra Kurzak
Belcore (キザな軍曹) Ldovic Tezier
Doctor Dulcamara (旅の商人) Paolo Gavanelli
Giannetta (村娘) Kishani Jayasinghe
舞台
今年初めにROHで大ヒットした「連帯の娘」と同じローラン・ペリーの演出。今回は1950年代のイタリアの田舎に読み替えられていて、セットも衣装もリアル。だけど、なんとなくメルヘンチックなあったかい雰囲気が醸し出されます。私が気に入ったのは、天井からたたくさん降りてくる裸電で、この夜空のお星様チカチカがとってもロマンチック。こんな普通のものでファンアジーの世界を作りあげるなんて、さすが売れっ子演出家ペリー。
衣装
衣装は、脇役の村人たちはセットに合ったまともなリアルさでぴったりなんだけど、主役のがひどくてね。
アディナは、地主の上品でインテリなお嬢様という設定なのに、誰よりもだらしなっくてチープ。ペラペラワンピースの胸元もスカートの下も下着がはみ出してて、おまけに身のこなしも、農民娘たちは慎ましやかで品がいいのに、このお嬢様の下品さと言ったら・・・。今までのアディーナの中で一番魅力のない令嬢ぶりなのですが、対するネモリーノはこれまた不潔そのもので、ストライプTシャツは穴があいてて汚れ放題。
なにも主役のカップルをここまでチープにしなくてもいいのに・・・
その上、ニセ薬売りのドゥルカマーラが思い切り薄汚っくて、無精ヒゲにばばっちい白衣。この役は、他のプロダクションみたいに、ハッタリかましの見栄張り派手衣装にしてにもらいたいわ。
この3人と対照的な(ホッ!)ベルコーレ軍曹のばりっとした軍服姿は素敵で、ポマードで撫で付けたテカテカヘアーがイメージ通りの気障な伊達男です。
パフォーマンス
今回の目玉であるヴィリャゾンが出なくなって後の心配と楽しみはもちろんネモリーノ。オツムの弱いヒロインをチャーミングに演じるのは難しいでしょう。「アホの坂田」になってしまったらちょっと的外れですもんね。
今回のステファノ・セッコ、私は最初ちがうテノールとこんがらがっていたので、知識ゼロ状態の遭遇だったのですが、先入観なく観られたのはよかったです。若いときの藤山寛美かリトル・ブリテンのルーカスみたいなコロコロとしたにいちゃんで、きれいなおねえさんを見たら無邪気にスカートをめくってしまいそうな青年を好演。あまりにはまり過ぎて怖いくらい。
で、肝心の歌はどうかと言うと、清らかで美しくドニゼッティ向きなんだけど、初日の最初は緊張していたのか、声量に問題ありでした。すぐに調子を上げて声が出るようになって、一番の聞かせどころアリア「人知れぬ涙」もしっとり聞かせてくれたのですが、でもやっぱりもうちょっと声量があった方がいいなあ、と。それ以外は、初日の批評は期待度が低かったせいも少しあるのでしょうが、彼が一番よかったのも充分頷ける出来でした。
で、あれだけ褒められたら、自信をつけるだろうから、こりゃ2日目はきっともっと良いだろうと期待して行ったんです。
そしたら、その日はなんとのっけから声がすごく出てびっくり。聞こえ過ぎ(←大きな疑惑)。そして、やり過ぎだと思ったのか、第一幕の後半にたしかに声がちっちゃくなったぞ。(←かなり確信) さらに休憩後の第二幕は初日と同じ自然な声に戻ったのでした。この件に関してはあまり言いたくないので、これ以上は書きませんが、何を信じていいのか・・・
というわけで、ステファノ・セッコは典型的テノール体型なのでヴィジュアル的にぴったりの主役はネモリーノ以外にはないでしょうが、私好みの素直な声なので、是非また聴きたい人です。
アディーナ役のクルツァックは、去年の夏にドン・パスクァーレ
のノリーナ役でなかなか良いコロラチューラを聞かせてくれたポーランド人ソプラノ。今回は演出のせいでこんな蓮っ葉ネエチャンにされてしまって損したけど、この難しいアディナ役を、世界のトップクラスの実力も魅力とは言えないにしても、堅実に聞かせてくれました。
(でも、ホランドパークの時のジュディス・ハワース の方が全ての面でよかったわあ。年上のしっとりした魅力的ではじけるようなコロラチューラの美人アディナでしたもん。)
今回はベルコーレ役のルードヴィック・テジエを初めて聴けるのが一番楽しみでしたが、今回の4人の主役の中では知名度ナンバーワンの彼は、端正な声で声量も立派。期待を裏切りませんでした。
しかし、他のシリアスな役のイメージが邪魔して、彼のコミカル面のセンスについては、あれでよかったのかどうかよくわからないのですが(わざと控えめな演技にしたのか、それとも大袈裟におふざけしようとしたけど気恥ずかしくてできなかったのか?)、先入観なしで観た人には、充分に役柄ぴったりの自信過剰のキザ男だったことでしょう。
でも、何もテジエともあろう人がこんな脇役でトロイことまでしなくても、品性を落とさずに済むまじめで聞かせどころもある主役がたくさんあるでしょうに・・・
インチキ行商人ドゥルカマーラは、ROHに出過ぎのガヴァネッリおじさん。これほど薄汚い扮装の人はオペラには滅多に登場しないでしょう。不精ヒゲと汚れた白衣の上にガヴァネッリおじさんの巨顔、双眼鏡では見たくないキャラです。
立ってるだけで絵になる(汚い絵ですが)おっさんなので、演技は抑え目にしたのは正解でしょう。わざとらしいコミカル演技はしなくても、充分サマになってます。と、外見と芝居は褒めてるのかけなしてるのか自分でもよくわからないのですが、歌は、これが以外によかったんです。私は彼の輪郭のはっきりしない声が嫌いなんだけど、今までの中では一番よかったです。ガヴァネッリおじさん、リゴレットや椿姫のフェルモンパパより、これとかフォススタッフみたいなコメディが向いてるよ、顔も声も。
見終わって、口ずさみたくなるような楽しくアリアも多いし、もちろんセンチメンタルで美しいネモリーノのアリアもある、私の好きなオペラの一つです。
初日は、全員が水準以上だけど求心力になる人がいないのが華やかさに欠ける顔ぶれでやっぱりヴィリャゾンの抜けた穴は大きいと思ったのですが、2回目は皆さん調子が出たのか楽しさ増加。観客の反応も2回目の方がずっと熱心でした。
回数を重ねるごとにどんどんよくなるといいな。来週また行きますので。今度のネモリーノはKorchakという可愛い男の子で、歌も良さそうなので楽しみ。