来月早々のローマ家族旅行が近づいてきました。


日本も大分涼しくなってきたようですが、ローマも私たちが行く頃には温度が下がってて欲しいですねえ。なんせ、宿泊代をケチったので冷房が付いてないですから。


ま、それは運を天にまかせるしかないのですが、自分たちでできることは致しましょう。


見所満載のローマですが、トーチャンの希望で、古代ローマ帝国の遺跡を中心に回ることになりそうです(私も異存なし)。教会もたくさんあるのですが、キリスト教嫌いのトーチャンは興味ないみたいなので(私はキリスト教徒ですらないので、これも異存なし)。ヴァチカンにはもちろん行きますけどね。


で、古代ローマ遺跡をテーマにするのであれば、例えばフォロ・ロマーノなど、残っているのはほんの一部だけですから、なんといっても想像力が必要ですね。


そして、ローマ帝国全盛期の姿を想像するためには知識が不可欠。


本その準備として、私は最近塩野七生さんのローマ人の物語 のうち、知り合いが持っている限りの文庫本を借りて、「悪名高き皇帝たち」(ネロだけ)、「危機と克服」、「賢帝の世紀」、「すべての道はローマに通ず」を読みました。


ローマ帝国中期に集中してますが、6月にトビー君率いるコンサート形式で聴いたオペラ「皇帝ティートの慈悲」 のテティトゥス皇帝 (在位79-81年)のこともわかりましたよ。


彼は実際に慈悲深い皇帝だったようで、若い時から父皇帝との共同統治し、皇帝であったのは僅か2年間であったものの善政。しかし、AD79年には例のヴェスヴィオス火山噴火/ポンペイ壊滅とローマの大火があり、その事後処理の陣頭指揮などで苦労して早死に(弟の次皇帝に暗殺されたという説もあるらしい)。ユダヤ滞在中に恋仲になったユダヤ王女をローマに連れ帰ったものの結婚は諦めたのはモーツァルトのオペラの通りですが、その後は結局独身で通したようです。



ハートLife Love Legacy Hadrian Empire and Conflict @the British Museum


さて、シーザー、アウグストゥス、カリギュラ、ネロという超有名皇帝(皇帝としての良し悪しは別にして)と並んでイギリスではお馴染みなのがハドリアヌス帝 (在位117-138年)。スコットランドとの境界近くにハドリアヌスの長城 がありますからね。


 


折しも、今大英博物館でハドリアヌス展 が開催されているので、25日に家族3人で行って来ました。


私は塩野さんの本でハドリアヌス帝のことはしっかり読んでいたので、彼の功績や性癖などで新しい知識は得られませんでしたが、でも実物の彫像などを見るとやはりさらに迫るものがあります。(でも、入場料12ポンドを払う価値があったかどうかはちょっと疑問)



  

 

ローマ皇帝は皆さんそれぞれ特徴があって面白いのですが、


ハドリアヌスは優れた武人であり、ギリシャ文化を愛し、建築に興味を示し、広い帝国の隅々まで視察したという(イギリスにも来た)、 文武両方に秀でた行動力のある皇帝で、性格は複雑だったようですが、寵愛したギリシャ人美青年アンティノーがナイル川で溺死した時には号泣したいうエピソードにはぐっと来るものがあります(奥さんには冷たかったようですが)。 


しかし、今でこそ五賢帝の3人目として評価も高いハドリアヌスですが、ローマを留守にしてばかりだったのと、彼の治世に領土が縮小してしまったので元老院には不人気で、もう少しで死後は「記録抹殺刑」にされるところだったそうです。

展示場では、写真は撮れませんでしたが、一番興味深かったのは、その美青年の彫像と(たくさんあった)、ローマ郊外ティボリに建てた広大な別荘の模型で、タイムマシンがあるのであれば、その豪勢極まる別荘を訪問してお風呂にも入らせてもらい、アンティノー青年を愛でてみたいものです

(それは無理でも、ティボリの遺跡には行けるかも)




この美青年をもっとご覧になりたい方は→こちらウィキペディア でどうぞ。


彼がお気に召した方、等身大の全裸像が大英博物館のショップで1万ポンドで売ってましたからね。


あ、ハドリアヌス帝自身も長身ハンサムで先帝の奥さんのお気に入りだったから皇帝になれたみたいです。男が玉の輿にのるために必要なのはやっぱり美貌か・・


                           人気ブログランキング 宝石紫