オペラ三昧イン・ロンドン

3月25日と28日の2回、バービカン・シアターで歌舞伎を観ました。蜷川幸雄演出の十二夜。


まず、この新作歌舞伎を企画して実現までこぎつけた尾上菊之助さんの熱意と実行力に拍手。強力な後ろ盾があるとは言え、20代で(今は31歳)自ら題材を選び、シェークスピアならやっぱりこの人、と世界のニナガワ氏に直談判までするなんて凄い行動力。


26日のバービカンでの公開インタビューで、「初日前夜は緊張で眠れなかったけど、ついにロンドンで幕が開いた時の感激は格別」と熱く語った菊ちゃん、おめでとう。


シェークスピアを選んでくれたことも嬉しいし(誕生日が同じなんです私と。誕生日が同じ唯一の有名人)、男女のとりかえばやがテーマなのは女形にとって理想的な設定。もっともシェークスピアの時代には男性俳優が女性役をやってたわけで、その点は歌舞伎と同じ面白さを狙ったわけです。


どんな話かと言うと、


船が難破して生き別れになった瓜二つの双子の兄妹がおりましたとさ。妹Violaは男装して公爵の小姓Cesarioとなり、公爵が慕う姫君の屋敷に愛のメッセンジャーとして出向いたところ、なんとOlivia姫が男と信じてCesarioに惚れてしまうわけ。Violaは主君の公爵を密かに愛しているので、一方通行の三角関係でありぐるぐる回りの片思い。最後は、兄Sebastianと再会し、誤解が元とは言え兄はOlivia姫を気に入って、めでたく二組のカップルの誕生。


という、本筋だけなら他愛もないコメディで、菊ちゃんが兄妹と男装の小姓の3役を演じます。


観る側の知識と思い入れによって評価が大きく分かれると思うのですが(実際、批評は二つ星から四つ星まであり、これは珍しいこと)、私のスタンスは以下で、要するに無知そのもの。感想もそれに基づいています。


①英国演劇界では知名度高いニナガワの舞台を一度も観たことがない

②シェークスピアの十二夜も映画ですら観たこともなく、内容についても全く知らない

③歌舞伎は、日本とイギリスで10回くらい生で観てはいるが、知識はほんの少々


配役


尾上菊之助 Viola(琵琶姫)/Sebastian(主善之助)/Cesario(獅子丸)

尾上菊五郎 Malvolio(Olivia姫の家来)/Feste(道化) 

中村時蔵 Olivia(姫君)

中村翫雀 Sir Andrew(Oliviaの取り巻き) 

中村錦之助 Orsino(公爵)

市川亀治次郎 Maria(Oliviaの侍女)

市川左團次 Sir Toby(Oliviaの叔父)

市川團蔵 Fabian

市川段四郎 船頭 

河原崎権十郎 Antonio(悪漢)

尾上松也 Curio

坂東亀三郎 お役人


パフォーマンス


菊之助君

菊ちゃんの三役は、男女の差を声と仕草で使い分けて見事なものでした。ほとんどは獅子丸(男装の姫)で、ほんのちょっとした拍子につい女になってしまうところが一番の見せ場。変化のつけ方は、もっと大袈裟にもできたと思うのですが、そうしなかったところに好感を持ちました。でもそれは私が前から2列目で細かい演技もよく見えたし字幕は必要なかったから言えることで、遠くの席の人や字幕を読む外国人には物足りなかったかも。


信じられない衣装の早変りには驚きました。目の前で引き抜くのではなく、見えないところで素早く着替えるのですが、遠くの観客には二人の役者が交互に出たと思ったにちがいないほどの早業で、どうしてそんなことができるのだろうと不思議でたまらなかった場面もあり、あれはやっぱり菊ちゃんにそっくりなダブルだったのかしら?


菊五郎さ

自信過剰な嫌な奴なので、周りの連中にはめられてこっぴどい目に合う、まるでヴェルディのフォルスタッフみたいなMalvolioと、アホの振りはしているが本当は賢い道化役Festaの2役の菊五郎さんはナチュラルな声と演技で無理なく演じて、この人やっぱり名優だわ。だけど、あまりに立派過ぎて、道化には見えないし、懲らしめなくちゃいけないような悪い人とも思えないんですけど。結局どちらも向いてないってこと・・・?


亀治郎さん

プログラムは買ったのだけど、開始前に見る時間がなかったので、「いいや、どうせもう一度観るのだし、誰だか知らないで観るのも意味あるかも」と、家柄などは一切通用しなくて実力だけで勝負するオペラ歌手と比べて、血筋を重要視する歌舞伎役者には(それなりに意味があるのも認めるものの)ちょっと複雑な思いを抱いている私は、菊五郎親子以外は、顔だけでは誰だかわからなくて、敢えて白紙の状態で臨みました。

で、ずば抜けて上手だと思ったのが、亀治郎さん。


亀治朗さんと言えば、2006年6月のサドラーズの海老蔵ロンドン公演(→こちら )でもすっかり感心した役者さんですが、外見もすっかり違って見えたので彼だと気付きませんでした。あの時は海老様の横で不細工に見えた顔も、今回はなかなかチャーミングで、わざとでしょうが最初は控え目な脇役の侍女が段々前面にしゃしゃり出て、途中からは身振りも台詞も爆笑コメディアンになって主役を食ってしまいました。2回目に観たときは、最初から彼に注目したら、ただ姫の横にはべってるだけでも仕草や目つきが一瞬もゆるまず役になりきってて、あらためて感心。

時蔵さん

歌舞伎の醍醐味は私にとってはやはり女形。いわば裏声で勝負するカウンターテナーなわけで、台詞を言うだけでも技術的に一番難しいに違いありません。

女形に限らず歌舞伎では(オペラとちがって)容貌も大切で、ぴったりの役者を見つけるのがそんなの難しいとも思えないのに、絶世の美女である若いOlivia姫を、50歳くらいでしかも決して美形とは言えない時蔵さんがなぜやるのか最初は理解できませんでした。とくに一回目はかぶりつき席だったので、気味悪い中年女が無理に若作りしてるとしか見えず、美しくあるべき舞台を一人で損ねてるとすら思いました。

だけど、2回目にちょっと離れた席から観たら、品が良くてお茶目な可愛いお姫様じゃないですか。声もよく通って、女形の完成した芸を楽しみました。


翫雀(かんじゃく)さん

英語がちょっと入る台詞が受けただけでなく、滅法明るいアホの貴族は得な役とは言え、よく通る声と豊かな表情と軽い身のこなしで、彼が出てる場面は誰も退屈しなかったでしょう。憎めないキャラで、お友達になるならこのSir Andrewだと思いましたわ。道化役としては菊五郎さんのフェスタのお株を奪ってました。


他の人たちもさすがに一流の役者さん方揃いで、文句の付けようはありません。それに、アラあの若い人可愛いわ、と思ったら、歌舞伎座でもそう思った松也君でした。ちょい役でロンドンまで来てくれたのね。ありがとう。


掛け声

尚、歌舞伎にはつきものの掛け声ですが、日によってあったりなかったりしたようです。菊ちゃんもインタビューで、「初日はあったけど2日目(私が行った一回目)は全くなかったので淋しかった」と言ってた通り、全くないと観てる私ですら調子が狂いました。

サドラーズの海老様の時はタイミングよく掛け声があったのは、どうもイギリス人の掛け声グループに頼んだらしく、今回もちゃんとできる人を配置しておくべきでしたね。千秋楽は、関係者でしょうか、二人の男性が(随分前の席からだけど)きっちりやってくれたので、そうよやっぱりこうでなくちゃ、と思いましたわ。


演出

ということで、役者さんたちの演技は素晴らしかったので、とても楽しめたのですが、演出については色々と言いたいことがありますねえ。

後ろが全面鏡だったセットはまあそれなりに面白かったで良いとしても、


長過ぎ!

まず、これは知識や思い入れに関らず、誰でも冗長だと感じたにちがいありません。正味3時間を一演目だけというのも珍しいでしょうが、セットは回り舞台で頻繁に変ってよかったのですが、アクション場面もないし喋るだけでこの長さは辛かったし、特に2回目は苦痛でした。

外国人にとっては、ビジュアル的に変化が乏しくて退屈だったにちがいありません。トーチャンとムスメに感想を聞いたら、「綺麗だったけど、長かった。お尻が痛い」ですって。十二夜は、学校の授業でやったのでお馴染みだと言うムスメも、字幕もえらく省いてあったようだし、特に新鮮味も歌舞伎にした意味もなかったようで、これは新聞等の批評も概ねそういう意見だったようです。


自己満足では?

こう言っちゃなんですが、「シェークスピアの本場でこれを演じてみたい」という主催者側の自己満足が先にたったような気がしました。もちろんそれだからこそこんな所まで僅か5回のためにあれだけもモノと役者が来てくれたわけで感謝しますが、どうせそこまでするのであれば、正統派の古典歌舞伎をやって欲しかったです。滅多に接する機会のない異文化であれば、現地の人は伝統的正統的なものを見たいと思うのが当然だし、日本を離れて久しい私もそういうのが観たかったです。


踊りと音楽は短か過ぎ

そして、私が一番不満だったのは、なんと言っても音楽と踊りの少なさ。歌舞伎座の人数には及ばないものの、十人以上の鳴り物や唄い手さんたちが出てくれたのに、演奏時間はほんの僅かで勿体ないったらありゃしない。菊ちゃんの踊りをもっと観たかったし、他の役者さんたちも踊れるでしょうから、劇中でちょっとだけでも舞って欲しかったです。


歌舞伎に西洋音楽って・・・

そうだ、音楽と言えば、BGMで西洋音楽がたくさん出てくるのですが、意外と違和感なかったし、それなりの効果をあげてると評価してもいいんですが、歌舞伎座でなら珍しくて新鮮かもとも思うけど、ここじゃチェンバロやハープなんか聞き飽きてるんだから全くの邪道だと思います。どうしてもやりたいのなら、量を減らして、その分お琴と三味線をもっと聞かせてもらいたかったです。歌舞伎で三味線やお琴を聞いた記憶はないですが、舞台には出なくても幕の後ろで上手に琴と三味線を弾いてた人がいるのはとても嬉しいので、この機会に是非素晴らしい日本の伝統音楽を紹介してもらいたかったと、ロンドンでお琴を弾いてる私は切に思いました。


再構築って?

ロンドン公演に際して、再構築をしたそうなのですが、一体何をどう変えたんでしょうか? まさかそのために西洋音楽を入れたり増やしたり、シェークスピアらしくするために舞踏場面を減らしたり、英語を台詞を入れたりしたんじゃないでしょうねえ。それは全て逆効果よ。


日本人観客

ちょっと前の団十郎親子のガルニエでのパリ公演は、ほとんど日本から追っかけしてきた日本人で埋まったとそうですが、ロンドンでそんな最悪な事態にならずに済みました。先回のサドラーズも今回のバービカンとも劇場自体に魅力がないのが幸いしたのでしょうが、日系企業のスポンサーが多かったのにも関らず、観客の7割くらいは西洋人だったのではないかしら。和服姿もちらほらと雰囲気を盛り上げる手助けになった程度で、パリのように(私は行きませんでしたが)もの凄い人数にはならなくてほんとによかったです。って、本当は日本で歌舞伎を見られるのに2度も行った私が言うのもヘンですが。



すみません、随分長くなってしまいましたが、


一言で言うと、衣装の華麗さ以外では2006年の海老様公演(→こちら )の方が、ビジュアル面重視の演目だったし、英語のオーディオガイドもあったし、掛け声もちゃんと手配してあったし、良かったです。主旨がちがうので比べちゃいけないでしょうが。

                                

カメラ写真をまとめて載せておきますので、お好きなのをクリックで拡大して下さい。


<3月25日(二日目)>

オペラ三昧イン・ロンドン   オペラ三昧イン・ロンドン

オペラ三昧イン・ロンドン  オペラ三昧イン・ロンドン

                    蜷川氏は初日と二日目だけ登場

オペラ三昧イン・ロンドン   オペラ三昧イン・ロンドン
オペラ三昧イン・ロンドン   オペラ三昧イン・ロンドン

   時蔵さん                    菊之助が琵琶姫の装束なのはほんのちょっとだけ   



<3月28日(千秋楽)>

オペラ三昧イン・ロンドン  オペラ三昧イン・ロンドン

                            中村錦之助         お面の男性は誰でしょ?


オペラ三昧イン・ロンドン   オペラ三昧イン・ロンドン

            時蔵さん、左團次さん、亀治朗さん、翫雀さん



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