10月23日の日曜日、Wigmore HallでのToby Spenceのリサイタルに行きました。トビー君は前から私がご贔屓のイギリス人テノール。今月6日のENOの魔笛 にも彼見たさだけで行きました。


Wigmore Hallは100年ちょっと前にできた客席数600足らずの小さなホールですが、「音響の良さ」と「音楽通が集まる」ことで有名で、ステイタスはとても高いです。チケット代も良心的で、有名アーチストもたくさん出ますが、ギャラは度外視しているとしか思えません。


舞台も小さくて、20人くらいの演奏家でぎゅうぎゅう詰めだったのを見たこともありますが、ほとんどはピアノのソロや小編成の室内楽。私は3、4年前までフレンズ会員だったのでしょっちゅう行きましたが、辞めてからは、日本人演奏家の義理コンサートと日本の友人の観光案内として行っただけ。ちょっと有名な人のコンサートはすぐに売り切れてしまうので、フレンズになっていないとなかなか買えないのです。


私は主に一流ピアニスとと有名オペラ歌手のリサイタルに行ってましたが、ここではオペラのアリアではなく、ピアノ伴奏で歌曲を歌うのです。有名な歌手は演目が何であれ切符は売れるので、多くの歌手は他のホールでは歌わせてもらえない、歌っても理解してもらえないような地味でマイナーな歌曲を選びます。


音楽通の人たちで一杯といっても怖い緊張感はなく、和やかな暖かい雰囲気で、天井から自然光が差込み舞台は美しい装飾とお花で一杯。持参した楽譜をずっと目で追う人もちょくちょく見かけました。


歌曲というのは言葉が大事。ドイツ語のものがもっとも多くて、次にフランス語。何曲かはたとえ意味がわからなくても歌手の表情を見ながら歌にただ聞き惚れるのですが、なるべく歌詞シートと英語訳を見比べながら、原語の味わいと意味の両方理解できるように努力します(ドイツ語もフランス語も英語と似た単語が多いですから、対訳を全て見なくても少しはわかるのです)。喋ると硬い感じのドイツ語も、美しい音楽とメロディ付だとロマンチックで独特の響きです。


これが椿姫的歌曲鑑賞方法で、頭も耳も結構忙しいのですが、今日はちょっと違います。


トビー君のどこが好きかというと勿論ピュアで素直に伸びる美しい声なのですが、私好みのボーイッシュなハンサムなので、歌詞なんか見てる場合ではありません! 私は彼の顔をうっとり見てるだけでよかったのですが、トビー君は顔も熱演で、色々な表情を見せてくれました。考えてみれば歌曲というのはいわば一人芝居であり、ストーリーを語れば自然に表情も豊かになり、大きな舞台でオペラを歌うのとはちがう変化に富んだ声と繊細な表現力が要るわけですもんね。


toby 3

午後でもあり、白いYシャツのボタンは外し、グレーのズボンに黒いベルベットのジャケットというカジュアルな服装で登場したトビー君、髪も金髪で先日のタミーノ王子はカツラではなかったのね。こんなに近くで見たのは初めてですが、180センチくらいでしょうか、ほっそりしてちょっと着やせするタイプですね。私は魔笛で上半身裸見ましたからね。ウフフ、イヒヒ。


出し物はベートーベン、ブラームス、マーラー、プーランク。ベートーベンというの歌曲というのはあまり聞いたことないですね。マーラーも交響曲の規模と堅苦しさとは随分ちがって、ユーモラスなものもある聞き易さ。ドイツ語が続いた後のプーランクは、それまで歌うほうも聞くほうもドイツ語モードになっていたためか、フランス語の洒落たエスプリが感じられなくて、いっそずっとドイツ語でやればよかったのにと思いました。

知っているのは有名な「ブラームスの子守唄」だけでしたが、囁くように歌ってくれてゾクゾクしちゃいました。


午後4時スタートという中途半端な時間と全席10ポンドという安さは不思議でしたが(Saldanapalusさんは学生割引で8ポンドだったそうです)、休憩なしで一時間で終わってしまったからです。わざわざそのために出掛けて行った甲斐はありましたが。

すごく迷った末に着物で行きましたよ。あの地味なホールには似つかわしくないだろうな、と心配だったのですが、やっぱりその通りで、しっくりこなかったです。仲間がいなくて私一人和服だったので特に居心地悪かったのかもしれませんが。


でも、前から2列目で、彼が立ってる位置から5メートルしか離れてなくて、通路の向こう側で全身が見えたにちがいない席に座っていたので(しかも目立つように?白っぽい着物で)、彼が「あっ、珍しいキモノの女性がいる!」と思ってくれたら、とても嬉しいな~!

10月23日  この着物で行きました


しかし、久し振りにあそこで素敵な歌曲聞いたら、また時々行きたくなってしまったなあ。

因みに、2年ほど前でしょうか、日本の某若手バイオリニストがここでリサイタルしたのですが、たしか切符代が30ポンドと50ポンドというバカ高さ。日本ではちょっと知られていても、ここでは無名の彼に、いつもの倍以上もするお金を払って観に来る常連客がいるはずもなく、私も行きませんでしたが、日系のスポンサーも付いて、観客はほとんど日本人、それも普段はコンサートになぞ行かない人たちでしょうから、たしかに切符は売れてきっとそこそこ受けたのでしょうが、それで「あのWigmore Hallで大成功」というのは間違っていると思います。このホールの素晴らしい点は耳の肥えた観客なのだから、それ無しでは全くポイントが外れてます!